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病院家庭医について考えてみる

 ここ最近は育児のことや、医療を離れたことを書いてみることが多かったですが、今週の冬期セミナーが良い節目になったので、一度自分が目指している病院家庭医について少々長いですが、言語化してみようと思いました。

 家庭医療は、単に特定の診療機能や役割を担うものではなく、その地域や患者との関係性の中で形成される「存在」として捉えられるべき概念であることを、これまでの2年間の総合診療/家庭医の後期研修の中で実感しました。
 そう考えてみると、”病院”家庭医とは奇妙な言葉で、本来「機能や役割」では定義されない家庭医を”病院”というセッティングで定義している言葉であり、Primary care / Secondary careの観点からも、まるで”ノンアルコール”ビールのような矛盾を含む言葉にも思えます。
 病院家庭医とは、家庭医が病院にいるだけで、別に診療所でやるから家庭医と言う訳でもなく、どこにいるかなんて問題ではない。何をしているかでもない、どうあるかでしか定義できないと思っている。
 ただ僕個人としては、家庭医療の病院における実践を考える事は、今後の自分の方向性を明確にする意味でも重要だと思っているので『病院家庭医』という言葉をよく使っています。

1. はじめに

 一般的に、病院は高度な医療(Secondary care)を提供する場であり、各分野のエキスパートがそれぞれの専門領域に基づいて効率的に診療を行うという機能的な枠組みの中で構築されてきました。
しかし、高齢化が進む事で病院が扱う問題も変化して、Multimorbidityや複雑困難事例、下降期慢性疾患などの概念に当てはまる患者層がこれまで以上に増加しています。
 そのような現状の中で、地域基盤型中小病院における病院家庭医は、1つ1つの疾患の最適解を出すのではなく、全体を捉えた最適解を出す調整者として、そのような従来の医療機能や医療概念の枠組みを超えて、地域社会に根ざした医療の提供を行う存在であると思います。

 この視点から考えると、病院家庭医は特定の診療機能によって定義されるのではなく、地域の健康課題に柔軟な対応し、地域社会との関係性の中でその存在意義が生まれます。先日参加した冬期セミナー振り返り企画でも、家庭医とは?という問いに”観察と関与”が重要という話を聞いて、なるほどなと思いました。


2. 病院家庭医の背景と必要性

 家庭医を説明する時に、「学術的基盤」「機能」「手段」の観点から考える方法があります。自分自身の後期研修を考えても、病院を舞台に家庭医療の実践を学ぶ際に、「機能」や「手段」の部分について迷ったり、イメージがわかなかったりすることが多いです。

2.1. 地域医療の課題と中小病院の役割

 日本の高齢化していく地域医療の課題に対処するため、中小病院は「地域包括ケアシステム」の中核として機能することが求められています。その中で病院家庭医は、単なる専門診療ではなく、患者の生活環境に寄り添いながら地域全体の健康を支える存在だと思います。

 とはいえ、家庭医だけで中小病院を支えることはできないので、病院家庭医は、”病院にいながら、領域別専門医とは異なる学術基盤を有することで、医療化するだけでは解決しない問題を扱うこと、またその扱い方の指導ができる存在”だと思います。

 なので、私は将来的には「1人でなんでもできるスーパードクター」ではなく、「中小病院に1人くらいこんな先生がいると、視点も変わって困りごとが何だかうまくいくね」といわれるような医師になりたいです。

2.2. かかりつけ医機能との関係

 「かかりつけ医機能が発揮される制度」では、地域医療の一環として、継続的かつ包括的なケアが強調されています。
 病院家庭医は、診療所の家庭医とは異なり、病院という場で入院・外来・在宅医療を含むシームレスなケアを提供することが特徴であり、単なる機能の集合ではなく、地域社会と結びついた連続性のある存在だと思います。
 一方で、他院かかりつけの患者の診療において、かかりつけ医との継続性を担保しつつ、ケア移行の質をどのように上げるのかという視点も重要です。なお、かかりつけ医機能報告制度についてはこちらの動画が大変参考になります。



3. 病院家庭医の特徴と存在としての意義

3.1. Starfieldの「4+3」の視点から

 病院家庭医の特徴を捉える上で重要な概念として、Barbara Starfieldのプライマリケアの機能評価を岡田唯男先生が改変した「Starfieldの4+3」があります。これは、質の高いプライマリ・ケアを実践するために必要な4つの基盤的要素と、それらを高いレベルで達成することで生まれる3つの派生的要素から成ります。
 この枠組みに基づくと、病院家庭医の存在は単なる診療機能の集合体ではなく、地域社会との関係性や医療提供のあり方の中でその価値が生まれることが明らかになります。このStarfieldの4+3について、病院家庭医を主語に考えてみましょう。

① First contact care(医療の窓口)
 病院家庭医は、地域住民が健康問題を抱えた際の「最初の相談窓口」となる役割を担う。これは海外の病院医療とは異なり、日本の病院外来はフリーアクセスであることから、病院家庭医は単に専門的な診断や治療を提供するだけでなく、医療化するかどうかの”Gatekeeper”としての役割を持つことを意味する。また、救急外来などでの勤務で関わることの多い、医療機関にかかりにくい社会的弱者に対しても、積極的に関わり、地域の医療リソースと連携しながら適切な支援を行うことが求められる。

② Longitudinality(長期的な診療関係)
 家庭医療の最も重要な特性の一つが、患者との長期的な関係性(Longitudinality)である。これは、単に慢性疾患のフォローアップをするという意味ではなく、病院を受診するすべての患者に対して、継続的な医療提供を行うことであり継続性(Continuity)と区別される。
 病院家庭医は、病棟・外来・在宅とセッティングを越えて患者との関係性が地域の中で継続していく。臨床の中でも、セッティングが変わっても主治医として関わることで、Longitudinalityを実感することは多い。

③ Comprehensiveness(包括的なケア)
 病院家庭医は、幅広い健康問題に対応する専門家である。これは、特定の診療科に特化した専門医とは異なり、未分化な症状や多疾患併存の患者に対して総合的な診療を行うことを意味する。地域基盤型中小病院では、患者の診療の選択肢が限られることが多いため、病院家庭医は多様な健康問題に対処しながら、必要に応じて他の診療科や医療機関と連携し、最適なケアを調整することが求められる。

④ Coordination (Integration) of care(ケアの調整と統合)
 病院家庭医は、他職種連携の中心的な役割を果たす。病院内での診療だけでなく、地域の診療所、介護施設、行政機関などと連携し、患者が適切な医療と支援を受けられるようにする。この調整機能は、単なる「紹介業務」ではなく、患者の価値観や生活環境を考慮しながら、最適な医療資源を活用することにある。また、診療所から患者を受ける時の”受け手側のリテラシー”も重要だと考える。
 地域資源を俯瞰して見ることで、「自分1人が全ての機能を果たすのではなく調整役として様々な手段や場を使いこなす」ことも特徴と言える。

 これらの4つの基盤的要素を高いレベルで達成した結果として、病院家庭医には 「3つの派生的特徴」 が生まれる。

① Family centered(家族志向)
 病院家庭医は、患者個人だけでなく、その家族全体の健康を考慮したアプローチをとる。特に病院では、退院前カンファレンスや家族面談の際に、家族志向のケアの背景知識や理論を有する事で、家族全体を捉えた方が上手くいく事例を数多く経験する。

② Cultural competence(文化的感受性)
 病院家庭医は、多様な患者の背景や価値観に適応し、適切な医療を提供する能力が求められる。特に私が勤務する急性期病院では突然、本人や家族が死を意識する現場に遭遇することも大く、文化や死生観などの情緒・文化的背景を理解しながら医療を提供することが重要である。

③ Community oriented(地域思考性)
 病院家庭医は、個々の患者だけでなく、地域全体の健康に目を向けた医療を提供する。これは、単に診療を行うだけでなく、地域の健康課題を把握し、適切な予防策や健康増進活動を実施することで、病院が「健康増進拠点」としての役割を果たすことを意味する。

 このように、病院家庭医は単なる「機能」としての役割を超えて、「地域と患者に寄り添い、関係性の中で医療を提供する存在」 として定義される。
 家庭医療が特定の疾患や診療技術ではなく、「誰とどのように関わるか」を基盤とする医療である以上、病院家庭医もまた、単なる機能の集積ではなく、地域と共に歩む「存在」として捉えられるべきである。
 繰り返すが、病院家庭医が優れているという理論ではなく、「病院という現場で、家庭医療学が使えると質の高い診療につながる」と感じ、必ずしも全員が使えるようになるべきとも思っていない。


3.2. 病院家庭医の実践

 高齢化が進む事で病院が扱うことが増えた、Multimorbidityや複雑困難事例、下降期慢性疾患などの概念に当てはまる患者層について、英国の家庭医であるJ.ReeveはGeneralistの実践を、以下の4象限に分類している。

Expert general practice

 こちらについては、J.Reeve先生の著書Medical generalism nowでも扱われており、これらのExpert General Practiceを実践するために、Generalist impact modelを提唱されています。

Generalist impact model
専門医の医療と対比して、”包括的な個人医療(whole person medicine)”を提供するための知識労働モデルであり、患者の日常生活における健康を最適化することを目指す。ここでいう知識労働は、探索(Explore)、説明(Explain)、評価(Evaluate)、認識論(Epistemology)という4つのEで構成される。

Joanne Reeve. (2024) Medical generalism, now!

 自分自身も専攻医という立場で、これらの学術的基盤を学習しつつ、日々の臨床に活かしたり、日々の臨床を振り返る上でも重要視しています。


4. 結論

 病院家庭医は、単なる診療機能の集積ではなく、地域医療の中で患者や住民と関係性を築く「存在」として定義されます。
 地域医療の中での役割は固定的なものではなく、地域の特性や患者のニーズに応じて変化し続けるため、「どのような関係性を地域と築くか」という視点を元に実践と省察を繰り返して「在り方を模索」していくものだと感じました。

 そのように考えると「病院家庭医」とは、病院という場において、常に”Primary care”と”Secondary care”で求められる役割の違いを意識して診療にあたり、診療以外においても地域におけるミクロ/メゾ/マクロな視点を柔軟に切り替えながら、家庭医療学の理論を元に省察的実践をする医師なのではないかと、今回この文章を書きながら感じました。

 他にももっと触れたい概念や、言語化し足りないものばかりで、5000文字でも足りないと感じます。きちんと章立てして文章を書くと表現できるのかなとも感じます。


5. 今後の展望

 病院家庭医という言葉は、2015年に佐藤健太先生が自身のBlogで提唱し始め、2020年には南山堂から同名の書籍も発行され、自分自身、この書籍をバイブルとして安房地域医療センターで後期研修を送っています。
 そして、2025年2月の家庭医療学冬期セミナーで同期と佐藤健太先生と病院家庭医にまつわるセッションをした事が自分の中で一つの方向性を決める出来事になったのは間違いありません。
 まだまだ、病院における家庭医の実践は体系化されておらず、もっと体系化される事で日本の抽象病院における医療の質が変わるのではないかと感じています。

 今後も研修の傍らで、病院家庭医について深める事を続けたいと思っています。ぜひ、今後もディスカッションなど重ねて言語化したいです!


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