日記 1/27(金)
ぎりぎりぎり、という音がした。
歯ぎしりだった。さいきん、寝ながら歯ぎしりをするようになった。仕事が忙しいのかもしれない。ぎりぎりぎり、すごい音。歯が欠けちゃないか、しんぱいになる。
起きたらもう七時で、びっくりした。いそいで着がえる。ズボンの下にタイツをはく。くつ下も厚いのにする。夜は雪が降るかもしれないと、テレビがいっている。
仕事は午後からだときいていたので、起こさないことにした。
ドアをあける。風がつよい。肌がピリピリする。去年のクリスマスにもらったマフラーを巻きなおす。
*
バスを三回乗りかえて、やっとついた。
大きなたてもの。屋根が、カマボコみたいな形をしている。ジャージを着た男の子たちがぞろぞろと通る。
イスを運んだり、ステージを組みたてるのが、僕たちの仕事らしい。
ひげを生やした男の人が、にっこり笑いながら「バシャーモさんですね。今日はよろしくお願いします」という。僕も「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」と、大きな声であいさつをする。
倉庫からイスを持ってくる係になった。
カブトプスといっしょだった。イスを運びながら、いろんな話をする。
カブトプスは魚屋さんで働いていて、そこがつぶれてしまったので、こうして働いているんだと話してくれた。
「魚が好きなの?」 僕はきいた。
「好きでも嫌いでもないな。このとおり、魚をさばくにはうってつけの体だから、まあ、向いてはいるんだろうな」
鎌が、ぎらりと光った。
ぶるぶるっときた。イスを運ぶのには、不便そうだけど、魚をさばくのは、たしかに上手そうだ。
カブトプスは、同い年くらいだったが、ずいぶん大人に見えた。
お弁当がくばられた。シャケ弁当だった。朝ごはんを食べていなかったので、助かった。ちくわぶ、玉子焼き、かぶのおしんこ、ごぼうのサラダ。冷めていても、おいしかった。
イスを並べてるうちに、夜になった。ここまでにしましょう、と誰かがいった。
「おつかれさまでした」
ひげの人が、封筒を渡してくれる。朝とちがって、笑ってはいない。カブトプスはイスを傷つけて怒られていた。ひとりで帰った。
*
部屋は暗かった。
電気をつけて、ストーブをつけて、お皿を洗った。
やることがなくて、録画していたテレビ(ヒルナンデス)をみていると「どうもー」と聞こえてきた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「意外と早く帰れた。幸いにも」
「ごはんは?」
「まだっすね」
「配信はないんですか?」
「ないんじゃねえか?流石に」
ネクタイをはずし、シャツをハンガーにかける。
ふたりでごはん、ひさしぶりだ。帰り道に買っておいたおそうざいを皿にのせる。僕はコロッケ。ちゃんなべさんは鶏のから揚げ。
ちゃんなべさんが、食パンにケチャップをぬる。僕はそれに粉チーズをかけて、電子レンジにいれる。
いっちばんいいじゃねえかよ、と、ちゃんなべさんが笑う。
*
ちゃんなべさんは麦茶をたくさん飲む。ウツドンのように。
「水出し麦茶を飲みおわったら」
ずっと思ってたことを、僕はいってみる。
「新しいのをつくるようにしてください」
「この僕が?」
面倒くさそうに、顔をしかめる。
しぶしぶ、ボトルに水をためて、麦茶のパックを二ついれてくれた。一つでいいのに、と思ったけど、いわないでおいた。
お風呂のあと、いきものがかりを聴いていると、ちゃんなべさんが勝手に曲を変える。
what's going on
そうさ 気付いたのさ
超えよう 終われないこのままじゃ
all day all night
無限のループから抜け出して
だって いつだって 昇るだけまでじゃつまんねぇさ
強そうなうただった。
「結局これが、いっちばんいいじゃねえかよ」
腰をふりふり、踊りだす。 僕も楽しくなって、いっしょに踊る。楽しい。隣の部屋から壁をどんどんたたく音がする(隣にはゴローンとイシツブテの親子が住んでいて、ときどきイシツブテの泣き声が聞こえてくる)。
*
マフラーを巻いたまま寝た。
ちゃんなべさんは、ふとんに入るとすぐ眠ってしまった。ゴロゴロクークー、変ないびきをかいている。
ちゃんなべさんの顔をみる。
寝てると、ぐっと老けてみえる。目もとにしわがある。ほほがたるんでいる。若くないんだなあ、と思う。どんなおじいさんになるんだろう、ちゃんなべさんは。
鼻毛がのぞいている。なんとなく指でつまんで、引っこ抜いてみる。
「いたッ!」
悲鳴。
起きるかなと思った。でも、起きなかった。目をつむったまま、むにゃむにゃいったあと「皆々様……」とつぶやいて、また眠ってしまった。
とおくで、救急車のサイレンがきこえる。雪が降ってるのだろうか、窓のそとが白い。こわいな、と思っていると、ぎりぎりぎりと歯ぎしりがきこえてくる。いつの間にか、眠っていた。
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