ウンコの曲。
私は軽音楽部に所属する高校2年生。
父や兄の影響で音楽を聴くようになり、そして当然のようにギターを弾いていた。
入学した頃から私の腕前は周りよりも頭ひとつ抜けていたらしい。
軽音楽部の自己紹介で弾いた演奏を聴いて多くの部員が私をバンドに勧誘してきた。
悪くない。
父や兄は私の演奏には何も言わなかった。
良いも悪いもなく、ただ淡々と聴くだけだった。
それも悪くない。けれど自分のレベルがどの程度なのだろうと興味があった。
実際私の演奏はこの高校ではそれなりに上手い方であったと気付かされた。
人に聴いてもらって評価されるというのも案外悪くはないな、と思った。
私は今日も練習のために部室に足を運ぶ。
部室の前まで来ると中から楽器の演奏が聴こえてきた。
ベース、のようだ。
唸るような低音がリズミカルに踊っている。
なんて陽気で力強いベースなんだろう。
私はその低音に気持ちの高揚を感じた。
少し時間は早いけれどまだ他のメンバーが来ている様子もないので中に入ってみた。
ガラガラ。
素っ気なく聴きなれた音。
しかしここから先は別世界なのだ。
中には一人のひょろっとした男子が椅子に座ってベースを黙々と弾いていた。
ドアの開く音を聞き目線をフレットから私に移す。
「可愛い!」
「え?」
ベース男子は私を見るなり容姿を褒めた。
突然の一言に私は戸惑い、そして心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
冷静になれ…。
わたしは自分にそう言い聞かせて先ほどの素っ頓狂な生返事を払拭するように続けた。
「初めまして。2年立花です。ちょっと外で聴いてました。なんていう曲ですか?」
「声も可愛い。」
話になりそうにない。
ベース男子は私を凝視し続ける。
なんだか居心地が悪い。
次の言葉の正解がわからない。
どうしよう。どうしよう。と迷っているとベース男子が声をかけてきた。
「今日な。ここ来る途中にトイレしたくなってこの部屋の前にあるトイレ入ったんやんか。ほんならすっごい苦しそうな唸り声聞こえてきてな。ブリブリ〜言うてるし。あ、すっごい下痢してはるわ。とおもて。ほんでも僕も余裕なかったから大変そうやな〜思いながらオシッコしてたんよ。あ、僕ウンコちゃうからな!ほんまやで!臭ないやろ?で、僕が用足し終わってもまだウォー、ウォー、言うてはるから、大丈夫ですか?て声かけたんよ。そしたらドアの向こうから、すっごいブリブリやからノリのええ音が聞きたい。て。それで弾いててん。」
…。
「あ、え、えと…。うんこの曲?」
「あっはっはっはっは!!そう!蓋を開けてみたらウンコの曲でした!言うて〜!」
わたしは出来うる限りの愛想笑いで答えた。
彼は羨ましいぐらいの自然体な高笑いを部室に響かせていた。
変な人。
それが正直な感想。
けれど、なんだろう。
少し肩の荷が降りたような気がした。
彼のその朗らかな世界と音楽への敷居の低さに憧れた。
わたしはウンコの曲に少し救われたんだ。