空振りが取れない大谷の153キロと空振りが取れる上原の141キロ

 野球において球速は重要なファクターだ。スピードガンの導入以降、これまでは感覚的に語られてきた球速が客観的に測れるようになると、投手の評価指標として現在まで使用されてきた。一方で球速だけでは投手の良し悪しは測れないという意見もある。投手の投球は球速だけではなく、制球や変化球といった要素も含まれるためだ。前述の例は速球以外の要素についてだが、速球においても球速だけでは説明ができない事例も出てきた。「マーク・クルーンの160キロより藤川球児の150キロのが空振りを取れる」「メジャーリーガーから空振りを取れる上原浩治の140キロのストレート」といった文言はその代表的な例だろう。

MLBのデータから空振りを奪いやすいストレートを掘り下げる

 現在、MLBでは球速だけではなくリリースポイント、ボールの変化量、投球コースなど、さまざまな要素についてトラッキングできるようになった。これらのデータを用いて、どんな要素が速球で空振りを奪うことに寄与しているのかについて掘り下げたい。

 データはBaseball Savantから入手したMLB2017-2021年にフォーシームと分類された投球を対象とした。

リリースの高さと投球高さ

 始めにリリースの高さと投球高さについて見ていきたい。投手のリリースの高さと言うと高い角度から投げ下ろすことによる「角度のついた投球」が速球の威力を高めるとする言説が見受けられる。投球高さについてはバットの上を通過させるために高めに投球したほうがよいとされる。これらは実際数字の上ではどうだろうか。

 角度のついた投球をする選手はアームアングルが高いこと、高身長の選手が多いことから、そのまま集計すると疑似相関でホップ量が多くなることや球速が速くなることが考えられる。(アームアングルが低い選手はその逆)そのため単純に角度の高い選手の空振り率を見ると単純にリリース高さの影響のみを取り出すことができない。そのため、ここではMLBの平均的なストレートに球質を固定したうえで集計を行った。(MLB平均球速は約150キロのため148-152km/h、ホップ量は約40cmのため37.5-45.0cmで固定)

 表はそれぞれのグループでのWhiff%(空振り/スイング、スイングを試みた打者から空振りを奪った率)だ。黒い太枠はストライクゾーンを表しており一般的なストライクゾーンの下限(約40cm)から上限(約100cm)まで15cmで刻んでいる。リリースの高さは10cmごとに刻んでいる。

 表を見てみると同じリリースポイントの高さなら、基本的には投球の高さは高いほうが空振りを奪いやすいことがわかる。ストレートの投球の軌道とスイングの軌道を考えると自然な結果ではないだろうか。

 リリース高さについては、同じ投球高さで比較すると基本的に低い位置から投球した方が空振りを奪いやすいことがわかる。「角度をつけた投球」はストレートで空振りを奪ううえではむしろ不利に働くようだ。リリース位置が低いことによって空振りを奪いやすい要因としては、打者から見てボールが浮き上がるような軌道に感じるところが大きいのかもしれない。(筆者の専門外なので詳しいことはわからない)

縦変化量

 ボールの変化量の影響はどうだろうか。一般的にはボールのホップ量が多いとボールがバットの上を通過する機会が増え空振りが増えるとされる。この影響を調べるため、球速はMLB平均(148-152km/h)に固定、リリース高さ・投球高さはそれぞれに条件分けしたうえで縦変化量だけをMLB平均(約40cm)より沈むグループ(30.0~37.5cm)、平均的なグループ(37.5~45.0cm)、平均よりホップするグループ(45.0~52.5cm)に分けて比較した。

 表は左から右にかけて縦の変化量が大きく(ホップする)なるように配置されている。それぞれのグループごとの値を見ると他の条件が揃っているならば、基本的に縦変化量が大きいグループほどWhiff%が高くなることがわかる。ノビのあるストレートは空振りを奪いやすいことが証明される形となった。

球速

 続いては球速だ。「球速が全てではない」とはよく言われるところだが、条件を揃えた場合ではどのような影響をもたらすだろうか。MLB平均(約150km/h)より遅いグループ(144-148km/h)、平均的なグループ(148-152km/h)、速いグループ(152-156km/h)に分けたうえで、縦変化量はMLB平均(37.5~45.0cm)に固定し投球高さ、リリース高さについてはそれぞれ条件分けして比較した。

 表は左から右にかけて球速が速くなるように配置されている。それぞれのグループごとの値を見ると他の条件が揃っているならば、基本的に球速が速いグループほどWhiff%が高くなることがわかる。球速はストレートの空振り率に影響を与えているようだ。

速いが沈むストレート vs 遅いが浮くストレート

 ここまでの結果を見ると速いストレート・浮くストレートは空振りをよく奪えるようだ。では、速いが沈むストレートと遅いが浮くストレートではどちらの方が空振りを奪えるだろうか。MLB平均より遅い(144-148km/h)が縦変化量が平均より大きい(45.0~52.5cm)グループと、MLB平均より速い(152-156km/h)が縦変化量が平均より小さいグループ(30.0~37.5cm)で比較する。

 左が遅いが浮くグループ、中央が速いが沈むグループ、右が中央から左の表の差分を示したものとなる。右の表は0を基準に値が小さいと青く、大きいと赤くなるようにカラースケールされている。右の表を見ると、ストライクゾーンの下限(40-55cm)とストライクゾーン外の高め(100-115cm)では速くて沈む速球には分があるものの、ゾーン内では遅いが浮くストレートに分がある。ストライクゾーンに投げ込んで空振りを多く奪えるのは遅くても浮くストレートのようだ。

まとめ

 ここまでストレートで空振りを奪う要素について説明してきたが、まとめると以下のようになる。

他の条件が同じならば
・リリースの高さは低いほうが空振りを取れる
・投球高さは高いほうが空振りを取れる
・縦の変化量は大きいほうが空振りを取れる
・球速は速いほうが空振りを取れる
・遅くても浮くストレートならゾーン内では、速いけど沈むストレートより空振りが取れる

実在選手を用いた個別具体的な例

 ここまではストレートで空振りを奪う要素について説明してきた。ここからはMLBでのトラッキングデータを用いて個別具体的な例について見ていく。

大谷翔平

 大谷翔平は日本を代表する速球投手だ。2021年のMLBでの平均球速153.8km/hは、ストレートを500球以上投じた先発投手113人中14位と上位に位置する。そんな大谷だがストレートでのWhiff%(空振り/スイング)は、MLB平均(22.1)より低い値(20.8)となっている。

  ストレートの空振り率を構成する4つの要素(リリース高さ、投球高さ、縦変化量、球速)について見ていくと、大谷は球速こそMLB平均より優れているものの、他の要素ではMLB平均より優れていないことがわかる。特にリリースの高さと投球の高さは差がついている項目だ。空振りを取るためには低いリリース位置から高めのコースに向けてフラットな軌道でボールを投げる必要があるが、大谷は高いリリース位置から低めに投げていることで打者にコンタクトされやすくなっているようだ。大谷が空振り率を改善するためにはリリース位置や投球コースを変える必要がある。

 ただ、ストレートでの空振り率が低いからといって安易にこれらを行えばいいというものではないかもしれない。例えば、大谷は低めからボールゾーンに落とすスプリットが持ち味の投手だが低めに多くのストレートを投げることで、打者の目付を下にして空振りを誘発しやすくなっている可能性が考えられる。また、リリース位置変更のためのフォーム改造は投球の感覚を大きく変えかねない。既に実績を残している選手がこれらの変更を行うことにはリスクが伴う。データが出ているからといって安易に飛びつくのではなく慎重に検討したい。

上原浩治

 上原浩治は日本を代表するリリーフ投手だ。上原の特徴として、MLB平均より10キロ近く遅いのに、メジャーの強打者達から空振りを取れるストレートがある。上原はなぜMLB平均より遅いのに多くの空振りを取れたのだろうか。

 上原のストレートはMLB平均より大きく遅いこと以外に、縦の変化量が10cm以上大きく、かつ投球高さが高いという特徴がある。前述したようにゾーン内で多くの空振りを取るには、大きなホップ量が必要となる。上原はMLB平均よりも大きなホップ量のストレートで空振りを取っていたようだ。また投球の高さを見ると高めのコースによく投げ込んでいた。高めのコースは空振りを誘発しやすく、ホップするストレートと合わさって多くの空振りを取れていたのだろう。

岩隈久志

 岩隈久志はMLBにおいては技巧派として知られている投手だ。実際、速球の平均球速はMLB平均より5km/h程度遅い。またボール変化量で見ると、腕が横振りなため、シュート変化が大きく、ホップの量が7cmほど少ないという軌道になっている。通常、このような球速が遅くホップしない球質のストレートは空振りを奪ううえで不利に働く。だが、岩隈のWhiff%(スイング/空振り)はリーグ平均を上回る値を記録している。

 岩隈の特徴は191cmという高身長にも関わらず、リリースの高さがMLB平均を15cm近く下回るというリリースの低さにある。前述したが、空振りを取るという目的でいえばリリースの高さは低い方が有利に働く。加えて投球の高さがMLB平均を9cm近く上回っている。低いリリース位置から高めに制球することでフラットな軌道でストレートを投じることで多くの空振りを取っていたようだ。

ポール・セワルド

 最後にポール・セワルドについて紹介する。セワルドのこれまでのキャリアハイはデビュー年でxFIP-(偶然の影響を極力取り除いた投球指標、平均値を100とし、低いほど優れている)は101、WAR(代替選手と比較した勝利貢献)は0.6だった。そして、その後はパッとした成績を残していなかった。しかし2021年は一転しxFIP-は70、WARは1.4といずれもキャリアハイを記録。要因として考えられるのがストレートの質の改善だ。

 セワルドはサイドスロー気味に投げる投手ということもありMLB平均より球速が遅く縦の変化量に乏しい投手だった。実際、2020年はMLB平均を下回るWhiff%(スイング/空振り)を記録している。しかし2021年はリーグ平均(22.1%)を大きく超える33.0%を記録。球界でも屈指の空振りをとれるストレートを投げる投手になった。

 セワルドの2020年と2021年のストレートの各種指標を見ていく。球速が5km/hほど上昇しているという変化もあるが、これに加えてリリース高さがより低くなった。さらに投球高さは例年はリーグ平均を下回っていたのが平均値並になっている。これにより低いリリース位置から浮き上がるようなストレートを投球できるようになり空振り率が改善したのではないかと推測される。このような概念はVAA(Vertical Approach Angle)と呼ばれ、セワルドのVAA改善については海外の野球サイトfangraphsでも紹介されているようだ。

 記事の内容を大雑把に説明すると、セワルドは腕の位置をより下げ、自然にシュートする軌道を利用してアーム側の高め(右投手のセワルドの場合、右打者の内角高め)に浮き上がるようなストレートを多く投げたことで、VAAを改善したようだ。

https://blogs.fangraphs.com/paul-sewald-shows-us-why-vertical-approach-angle-matters/  より引用

 セワルドのようなサイドスロー投手はボールのホップ量に乏しく空振りを取れないと言われることがある。しかし実際は、その低いリリース位置を活かし高めに制球さえすれば、多くの空振りを取ることが可能だ。

 MLBの平均的な縦変化よりホップの量が少ない、縦変化量が30.0-37.5cmのグループ(左の表)のリリース高さが155cm未満のグループを見てみよう。 ストライクゾーン上部の85-100cmに投げ込めた時のWhiff%(空振り/スイング)は、145-155cmの場合は27.4%、135-145cmの場合は28.9%と平均的なリリース位置から投げ込む縦変化の量が大きい投手のWhiff%(26.8%)を凌駕している。サイドスロー投手だからストレートで空振りを奪えないと考えるのは早計だ。

データが出てるといっても改造は慎重に

 ここまではデータを用いストレートで空振りを奪う要素について見てきた。それによると、リリースの高さを低くすること、投球コースを高めに設定すること、ホップ量を増やすこと、球速を上げることが重要なようだ。だがデータが出てるからと言って安易にフォームの改造等を行うことは薦めない。

 確かにセワルドのようにVAAを改善することで大きな飛躍を遂げる選手もいる。だがフォーム改造等は投球の感覚が大きく変わる等のリスクを伴う。何かの改造を行うにしてもこれらのリスクを理解した上で、現場の指導者と共に慎重に行うべきだろう。

追記:NPBでの高めストレートの有効性

 今回の分析なMLBでのデータを用いている。ただNPBだと高めストレートの有効性に違いが見られる。

https://bo-no05.hatenadiary.org/entry/2022/01/06/004611  より引用

 NPBでは低めに制球されたストレートでの失点抑止力(PV/100)が高い傾向にあり、MLBでの分析がそのまま当てはまるわけではないようだ。

https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53548  より引用

 ただし、コンタクト率が低いボールだと高めで、より高い空振り率を生み出せるという先行研究もある。ボールの球質(ホップ量や球速)やリリース位置の高さによっては有効度が変わる可能性が示唆されているが、NPBではトラッキングデータが公開されていないため、ここについては深く掘り下げられない。NPBでのトラッキングデータが公開されるまで待つことにしたい。


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