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「宇宙の初日の出」をライブ配信するということ ~KIBO宇宙放送局の舞台裏~

国際宇宙ステーション(ISS)と地上をつなぐ双方向ライブ番組を配信する、KIBO宇宙放送局。これまで2回の技術実証実験に成功し、3回のライブ配信を行いました。そして、2021年大晦日の年越しライブ番組「THE SPACE SUNRISE LIVE 2022」では「宇宙の初日の出」を無事に配信成功!

この「宇宙の初日の出」ライブ配信を一体どうやって実現したのか、経験豊富な管制官たちとチームを組んで、綿密なシミュレーションや国際調整に情熱をもって奮闘したお話を紹介します。

今回、お話をお伺いしたのは、KIBO宇宙放送局を開局当初から支えてくださっている、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のフライトディレクタの関川知里さんと有人宇宙システム(JAMSS)の管制官の野口賢二さん。そしてバスキュールの映像ディレクター・上田昌輝もインタビューに参加しました。

JAXA 関川知里さん        JAMSS 野口賢二さん

関川知里さん
宇宙航空研究開発機構(JAXA)「きぼう」のフライトディレクタ
24時間体制で国際宇宙ステーション内にある「きぼう」日本実験棟の運用や、船内で活動する宇宙飛行士のサポートを担当。KIBO宇宙放送局の初回配信の際にも、宇宙飛行士のスケジュール調整や通信、船内インフラ環境、国際間の調整等をご支援いただきました。

野口賢二さん
有人宇宙システム(JAMSS) 運用管制官 
「きぼう」日本実験棟の装置を地上から遠隔操作して実験運用し、JAXA と「きぼう」を利活用する民間企業や大学、団体との間のサポート、実施計画調整を担当。「きぼう」日本実験棟が完成した2008年から13年間ずっと管制官を続けるベテラン。KIBO宇宙放送局では、通信、船内インフラ環境の他にも、宇宙飛行士がスムーズに作業できるような手順書の作成や、船外カメラ利用に関する調整を行っていただきました。

バスキュール 上田昌輝

上田昌輝
バスキュール 映像ディレクター
バスキュールで映像演出を担当。KIBO宇宙放送局では、「きぼう」に設置されたカメラや、ISSの船外に設置されたカメラのアングル調整、露出調整などをJAXAさんやJAMSSさんと一緒にシミュレーションを行い、宇宙から見える画が素敵になるように調整を担当しました。

地球のベストアングルを
シミュレーターで探し続けた1年

― 宇宙からの映像は、どのように撮影されているのでしょうか?

上田:
ISSに取り付けられているカメラは、もともと地球を撮影してライブ配信するためのカメラを、取り付けられるように設計された場所に設置されているわけではありません。カメラ自体がすでに斜めになっていたり、複雑な配置になっています。しかも、ISSって重力に引っ張られたり、太陽の位置に合わせて太陽光パネルが動いたりするので、本当に毎分ごとに若干姿勢が変わるんです。いろんな計算要因がある中で、僕らにはその予測ができないので、「こういう画が撮りたいんですが、どうしましょう…」という相談を、野口さんはじめプロフェッショナルのチームのみなさんとディスカッションするところから始まります。

野口:
その複雑な動きをする船外カメラからのアングルを確認するために、JAXAさんのISSを模擬した専用シミュレーションソフトを使って検証しています。例えば、特定の日時のISSの軌道と姿勢情報、太陽の角度、そして高画質の映像を撮れるかどうかなどをシミュレートして、条件のあったカメラを選定します。どのカメラを使ったら一番綺麗に地球からの日の出が撮影できるのか、というのを色々検証していますね。

上田:
このシミュレーターがすごいんですよね。リアルタイムでISSの軌道と姿勢情報が反映されて、カメラアングルを調整できるシミュレーターです。それを毎週、毎週見ていると… もう、多分1年近く、野口さんと、ベストアングルの地球をシミュレーターで探し続けているんじゃないですかね。

野口:
そうですね。そして一度シミュレーションした後でも、補給船が来てISSにドッキングしたりすると、ISSの軌道情報や姿勢は大きく変化します。そうするとカメラの向きも全く変わってしまうんです。どんなに事前にシミュレーションをしていても、本番直前までISSがどんな動きをするのかという情報をNASAから入手し、バスキュールさんにも伝え、1度刻みのアングルをシミュレーターでギリギリまで予測し続けます。しかも、その補給船が、地上の天候などによって打ち上げスケジュールが延期になったり、打ち上げが遅れたりすることもあるので、そういったことも考慮して、常に情報を更新する必要があります。とにかくたくさんの情報を収集することが、シミュレーションの上では大事です。

関川:
実は、ISSの船外カメラは、KIBO宇宙放送局のような使い方での厳密な撮影を求める前提では取り付けていないので、1度刻みで画角を調整されていることは、やっぱりすごいことだなと感じます。まさかシミュレーターもそんな風に使われるとは思っていなかったでしょうね。初回配信の際に、こんなに画角に、こんなに映像のクオリティにこだわるんだ、ということが、こちら側からすると新たな世界に出会った感じでした。

カメラが1度ずれるだけで、太陽の出現位置が大きくずれる

野口:
太陽が出てから何秒くらいで画角から外れるか、青い地球と黒い宇宙の色の割合、地球の明るさなど… カメラの露出(取り込む光の量)調整も、上田さんと試行錯誤しましたよね。

上田:
ISSは90分で地球を1周するので、光の明暗がとても激しいのです。例えば、日の出に露出を合わせてしまうと、お昼時の青い地球は白飛びしてしまいます。かといって、毎分、適切な露出を測り、NASAの方に調整をお願いするのは現実的ではありません。どうやったら、綺麗にずっと青い地球がみえるのか、実施の2〜3週間前に野口さんと地球を見ながらISO・絞り・シャッタースピードなどを調整し決定していく必要がありました。

(左)露出オーバーの地球 (中央)適正露出の地球 (右)露出アンダーの地球

― このベストな角度を見つけ出すのに、どれくらい時間がかかるんですか?

上田:
だいたい1〜2ヶ月ですね。高画質の映像が撮影できるカメラを選定して、番組の企画制作をしているバスキュールのチームで理想の地球のレイアウトを決め、ガイドをつくります。そして野口さんのチームに相談し、シミュレーターで調整を始めるという感じです。難しいのは、その1回決めたアングルが本番ではちょっとズレてしまうこともあるということ。

野口:
ありますね。予定をしていない動きをしたりするので。

― 例えば、他にどういうものがあるのでしょうか?

野口:
例えば、これも過去にありましたけど、船外活動。ISSの姿勢が少し変わることがあるんですね。船外活動時のルールで、ソーラーパネルを固定したり、逆に移動させたりすることがあります。そうすると、事前に想定していた以上にISSが動いたり、傾いてしまうことがあるんです。そういう情報もちゃんと把握できたらいいのですが、直前で計画が変更されていた場合、特に他の加盟国の船外活動などですと、情報が入ってきにくくなります。そして、突然ISSの姿勢が変わってカメラの向きも少し変わってしまって、どうした、どうした…と。

上田:
前回の配信の本番中に、突然カメラが動いたことがあって、これはどういうことだろうと思ったら、やっぱりその時も船外活動が影響していたとか。そのときは、今までシミュレーションにあわせて作ってきたCGなどにも影響があるので、焦りましたね(笑)

― 本番中にカメラのアングルは微調整できないのですか?

関川:
カメラの操作を担当しているNASAの管制官は、5分刻みで設定されるスケジュールで動いているので、それに対応する形で、管制官も仕事をしています。宇宙飛行士や管制官にとって、KIBO宇宙放送局は、たくさんある業務のうちのひとつ。ですから、NASAの管制官にカメラを動かす依頼を出すときは、なるべく適切なタイミングで伝えられるように気を配る必要があります。

上田:
あと、ISSのカメラで試し撮りをするにはコストもかかるので、事前に試し撮りをしなくても、一度の操作でピタリと宇宙の初日の出を撮影できるよう、綿密なシミュレーションが求められます。

ISSからあなたのスマホへ
宇宙のライブ映像が届くまでの
長い長い道のり

― ISSで撮影された宇宙の初日の出の映像は、どのようにして視聴者に届けられているのでしょうか?

関川:
撮影した映像は、ISSから視聴者の皆さんのところまで直接送られているわけではありません。宇宙にある中継衛星を使い、ISS→中継衛星→地上という流れで通信をしています。なるべく長い時間通信ができるように、ISSは地球をぐるぐる回りながら、中継する衛星を次々と乗り換えています。メインで使っている追跡・トラッキング中継衛星(TDRS)は、4〜5機あります。そして、どれだけ通信がうまく繋がるような時間であっても、この衛星と衛星の乗り換えの際に発生する20秒ほどのハンドオーバー(通信遮断)は定期的に発生します。

野口:
また、通信衛星はISSのためにだけ打ち上げられたものではないので、他にもユーザーがいます。ISSが通信衛星を使える時間は限られていて、いつ使えるかを色々調整した上で、実際の通信スケジュールは、実施の3週間前ぐらいにならないと分からないんです。通常は、この時間帯で、この日にできればいいとある程度幅を持たせてスケジュールを組めば十分なのですが、この宇宙の初日の出は実施の3週間前になってスケジュールが出てきた時に「日の出」とハンドオーバー(通信遮断)の時間が重なっていると、もう頭を抱えてしまうんです。今まで私たちの通常業務においては、作業時間をずらすことができたので、この短いハンドオーバーはあまりインパクトがあるものではなかったのですが、初日の出って、もう1年に1回、その瞬間限りですよね?もしもそのタイミングで通信できなかったら、次のチャンスは1年後。普段の業務では考えられないようなシビアな調整が要求されるんですよね。

関川:
地上に下りてきてからも、アメリカのホワイトサンズにある地上局を通り、ジョンソン宇宙センターから国際回線を通って、JAXAの筑波宇宙センターを経由して、ようやくバスキュールさんのスタジオに届く。みなさんのスマホに宇宙からの映像が届けられるのは、さらにそのスタジオからなので、非常に長い経路になります。経路が長いということは、途中で原因不明の通信の遮断などがあった場合、なかなかその原因の特定が難しくなる、ということでもあります。

通信経路の流れ

上田:
過去に、配信本番の日の朝に、原因不明の通信遮断が起きていて、もしかしたら、本番でも起きるのではないかとドキドキしました。結局、本番は無事に配信できたのですが、地球の映像を撮影するというのは、調整の時間もコストもかかる。それを長時間配信しようというのは、本当に難しいことですよね。

関川:
ISSは、日本だけでなく世界15カ国のプロジェクトで使われている実験施設なので、どうしても日本の都合だけでコントロールすることは難しいですね。

慣れたころに新たなハプニングがおこる
それが宇宙…!

― そもそも宇宙エンタメでISSを使うというのは、すごくレアなケースなのではないかと思います。しかも、こんなに精度も求められて、NASAからはどのように受け止められているのでしょうか?

野口:
このプロジェクトは、NASAの管制官の運用担当であったり、ISSと地上との通信設備担当であったりと、NASAも巻き込んだプロジェクトになっています。筑波のJAXAでも地上設備の担当とか、とにかくなにか起きたら全員が協力してトラブルを解決するような大きなミッションだと思います。撮影するだけですが、多くの人が見守って、ちゃんと対応をしてくれています。

関川:
ヒューストンのNASAのフライトディレクタに、こんなイベントをやりますという企画や内容をメールして、イベント終了後もこんな結果になりましたと連絡すると、ポジティブな反応が返ってきました。NASAがこのような特定の瞬間をライブでやっているというのはあまり聞かないです。

実際にやってみてよくわかったのですが、本当に相当な情熱がないと、成功させるのはとても無理だと思うんです。バスキュールさんは、ものすごく画のクオリティにこだわっていて、しかも通信の問題や、予定が直前にならないと確定できないだとか、想定していなかったことが起きたとしても、諦めずに何度も検討し修正する。プロジェクトに関わる人みんながお互いに「こんなに大変なんだ…!」というところから始まって、何度も繰り返しすり合わせをし続けるのには、なによりもまずものすごく熱意がないと…!

野口: 
最初は正直なところ、ただ、船外を撮影するだけかな、と思っていました。こんなにも画のクオリティや、ライブ中継にこだわりがあり、チャレンジングなイベントだったなんて。

上田:
それは、僕らも同じです。不確定要素が多く、調整が困難なものがこんなにたくさんあるとは知らず、びっくりしました。ほかのライブ番組にはないようなリスクがたくさんあるので、普通だったら途中で投げ出したくなっちゃうんですが、あらゆるハプニングや困難も乗り越えていけることができるのは、当初からJAXAさんJAMSSさんとバスキュールがひとつのチームとしてしっかり取り組めたからだと感じています。

関川:
思い出したんですが…… 初回配信のときには、配信直前に想定していなかったソーラーパネルの写り込みが発覚して…このままだと窓の外が隠れて青い地球が見えない! となりました。文化祭みたいに、みんなで床に座り込んで「どうする?どうする?」と悩みましたね。その時に比べたら、だいぶ、いろんなことに慣れてきた気もします。

上田:
ありましたね!「不確定要素やハプニングに慣れてきたかも。」と思った時に、また経験したことのない新しいトラブルが起きるので、これが宇宙か〜と(笑)

― 宇宙からの初日の出をライブで配信するには、技術的な課題も数多くあることがわかりました。それでも、ライブにこだわる理由はどこにあるのでしょうか?

上田:
地球を眺めているだけなんですけど、今この瞬間に何か別の場所で生きている人がいる、というのを感じられるのは、やっぱりライブならではだと思っています。地上の様子や雲のかかり具合は変わり続けていて、地球がその瞬間の姿をもう一度見せてくれることは二度とありません。その瞬間の地球をみんなで繋がり合いながら見るのは素敵ですよね。

野口:
花火や星空もそうですが、みんなで同じ瞬間に、同じものを見るのはとてもいいなと思います。地上で見る初日の出もいいですが、宇宙からの初日の出は特別な感じがします。あの瞬間は思わず見惚れてしまいました。

関川:
宇宙のことって、みなさんの日常生活からかけ離れすぎていて、宇宙に興味を持っていただいたり、見たり知っていただく機会が少ない中、こんなふうに「宇宙の初日の出」として全世界に配信されているのは、まず、すごい価値だと思います。そして、私も、あの初日の出の映像は、やっぱりすごかったな、と思いました。スタジオで見ていた皆さんは歓声を上げていましたし、TwitterやYouTubeのコメント欄にはすごい勢いでコメントが投稿されていましたよね。だんだんと赤くなっていく日の出が、いま間違いなく起こっている現象なのだと感じながら見られるのは、感動しました。

上田:
僕は2021年の年越しライブで、宇宙からの初日の出を見たときは泣いちゃいました。

関川:
グッときますよね。私も初回配信は管制室の大きな画面で見ていたのですが、あの瞬間は管制室内の空気も変わるのを感じました! 自分が体験して共有するということは、意味があるというか、価値があるなぁと感じました。

上田:
おふたりが見てもいい映像だったと思っていただけるのは、励みになります! これだけすごくハードなミッションに、たくさんの大人たちが全力で取り組んでいて、そして地球に降りてきた映像を、みんなが家で楽しく見てくれていたらいいなと思います。通信がきれちゃっても、それはもうナイストライとして受け取ってもらって、楽しんでもらえるといいですよね。

―最後に「THE SPACE SUNRISE LIVE 2022」のアーカイブ配信が公開されましたが、これからご覧になる方に向けて、見所を教えてください。

上田:
​​これまでの配信では、地球のライブ映像だけでなく、途中で地上スタジオに繋ぐという構成で番組を配信していました。今回は、ただただ地球の映像を配信し続け、その地球の上にCGを重ね合わせるなど、地球の映像だけでいろんな見せ方をして盛り上げているところがポイントです。

野口:
それに、今回はこれまでよりもきれいな宇宙の日の出をお届けできたのではないかと思います。これは本当に頑張りましたね、上田さん。撮影のノウハウが溜まってきて、上手いカメラのセッティングや露出の調整がわかってきたんです。

上田:
そうですね。2021年の初日の出とは別物ですよ。

―今日はどうもありがとうございました。


2021年12月31日の年越しライブ番組
「THE SPACE SUNRISE LIVE 2022」のアーカイブは
こちらから見ることができます。


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