『森の探偵』から学ぶ本当の自然
写真家である宮崎学さんの存在を知ったのは、日曜美術館というテレビ番組を観たことがきっかけだった。
一般的な写真家のイメージとはちょっとかけ離れた独自の撮影スタイルと、朗らかに笑う明るい人柄に興味を惹かれ、本書を手に取った。
『森の探偵 無人カメラがとらえた日本の自然』
宮崎学/文・構成 小原真史
(亜紀書房)
第1章 動物たちの痕跡
第2章 生と死のエコロジー
第3章 文明の力、自然の力
第4章 人間の傍で
終章 森と動物と日本人
宮崎氏の撮影は、赤外線に触れた動物の動きによってシャッターが切られる仕掛けの無人カメラによるものだ。
そこには、ふだん見ることのできないあるがままの動物たちの日常、表情や仕草が写し出されていて、とても興味深い。
衝撃的だったのは、第2章の生と死のエコロジーで、死体を食べる動物の姿だ。
それは、ニホンジカの死体を食べるツキノワグマやイノシシだったり、ニホンザルの死体にわいたウジを食べるオオルリだったり、ヒメネズミにたかるハエだったりする。
それらの写真を直視する時、ああ、自分はふだんこんなにも死から遠いところで生きていたんだなぁ…と反省にも似た苦い思いを噛みしめることになる。
死は日常にあるものだという真実を忘れてしまって生きている人は、きっと私だけではないのだろうか。
綺麗なものを見て感動することは、もちろん素晴らしい。私は今までもそれを大切にしてきたし、これからもそれをたくさん味わいたいと考えている。
だが、綺麗なものばかりを見ているだけではいけないのだと、この本から暗に諭された気がするのも確かだ。
死というのは、確かに無惨で直視したくないものかもしれない。「あんなもの撮って」とほかの動物写真家からも随分言われました。しかし、誕生の数だけ死はあるわけで、自然を語るには、この汚くて匂いのある世界を避けては通れないはずです。生命の始まりの部分だけを礼賛するのではなく、終わりの部分もちゃんと見なければいけない。
(本文166ページから引用)
自然について、動物について、もっと理解を深めたいと思う人間にとって、宮崎氏は自分の体験からの貴重な生きた言葉を投げかけてくれる。
終章では、驚いたことに、宮崎氏は森林は今の方が豊かになっていると言う。
数百年前、数十年前よりも今のほうが圧倒的に森林は豊かになっているということだと思いますよ。一般的には、森林は昔のほうが豊かだというものでしょうが、先入観による大きな誤解で、山の森林に限定していえば、「今は昔に比べて自然破壊が進んで…」とは簡単に言えない部分がある。緑の少ない都会にいる限りは、そのように思えてしまうのかもしれないけれど、同じ場所に長年住んでいるとだんだんと森林が深くなり、人間の山への進出線が後退しているのは、ひしひしと感じます。そのことは、70年代の山の写真と今とを比べてみると一目瞭然です。同じ場所で撮った2枚の山の写真があるのですが、かつては小さかった木が成長して今では向こう側の山が見えにくくなっていることが分かります。
(本文316ページから引用)
できあがってしまっている自分の中の先入観を壊して、まっさらな気持ちで自然を見てみること。
またあらゆる情報を鵜呑みにしないで、疑いをもって、真実を探ろうと自分の頭でもっと考えること。
自然や動物を知るだけにとどまらず、学ぶことの本質に気づくきっかけとなったこの一冊。
手元にいつまでも置き、大切に繰り返し読みたい。
◇冒頭の写真は、2017年7月6日 第1版第1刷発行のものですが、今は新装版で購入できます。