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【創作】タヌジゾウ(1,907字)【投げ銭】

僕の幼いころ、家の裏の池のほとりにタヌジゾウと呼ばれる化け物が住んでいた。普段は地蔵の形をしているけれど、実はタヌジゾウが化けたもので、夜な夜な正体を現しては池の中に住むタニシや鯉やらを食べていた。

タヌキが地蔵に化けたものだからタヌジゾウという名が付けられたが、実際に動く姿を見ると、タヌキとは別物だった。確かに体は茶色く、毛深く、口は尖って獣の牙を生やしていたが、キンタマは銀杏ほどと呼ばれる実際のタヌキより大きく、スイカほど。でっぷり出た腹を時おり手で太鼓のようにポンポン鳴らすのも、普通のタヌキとは違っていた。

要するに本物のタヌキ以上にタヌキだった。それはつまりタヌキじゃないかと言われそうだが、もちろんそういうことではない。

とにかく、僕はそのタヌジゾウが動くところを二度見たことがある。見ると不幸なこともあると爺ちゃんに教えられたが、実際そうで、僕はタヌジゾウに「キーッ!」と大きな声で威嚇され、小便を漏らしてしまった。その結果、母親から怒られるはめになった。

「タヌジゾウなんて、いるわけなかやろ!」が母の口ぐせだったが、実際見たのだからしょうがない。けれど母を信じさせようと思って池に連れて行くと、決まってタヌジゾウは地蔵の姿でそこに立っているだけだった。薄情なやつである。

僕はなんとかタヌジゾウを元の姿に戻そうと、日々、果物や団子やらのお供え物をしたが、一向にやつは正体を現さない。だけどお供え物は綺麗に食べきっているのだ。「ほらやっぱり!こいつ、生きとるとよ!」と母に言っても、「カラスが食べたとやろ、もったいなか」と取り合ってくれない。

そんなタヌジゾウが僕の前にもう一度正体を現したのは、それから一年くらい過ぎてからだった。その日、僕は高熱を出し、学校も休んでいた。母に病院に連れていかれても原因がわからない。ひどい頭痛とめまいで、鎮痛剤もきかない。

母はパニックを起こして父へ電話したが、喧嘩しているようで何やらわめいていた。僕はこのまま死ぬんだろうかと思いながら、夢と現実のはざまで意識がいったりきたりしているとき。目の前だか頭の中だかわからないが、タヌジゾウが現れた。

またキーッと恐ろしい声で威嚇してくるのかと思いきや、タヌジゾウはでっぷりとした腹をさすり、キンタマを揺らしながら二本足で僕の元まで来ると、串にささった赤・白・黄の三色団子を渡してきたのだ。

「こいば食えって?」聞くと、タヌジゾウは腹をぼりぼりかきながら、きびすを返してどこかへ去ってしまった。仕方なく食べると、不思議なことにみるみる僕の頭痛がやわらいでいく。熱もだんだん下がり、はっと気が付いたときにはすっかり元気になっていた。

「そいは、タヌジゾウの三色団子ばい」と、爺ちゃんは教えてくれた。「心ば通わした人間には、そがんごとして、ちゃんと恩返しばしてくるったい」つまり毎日お供え物をしてあげたことへの恩返しというわけだろうか。なるほど、あれはもったいないことではなかった。ちゃんとタヌジゾウは生きていたし、僕に恩を返してくれたのだ。


そんなタヌジゾウとも、お別れの日がやってきた。爺ちゃんが死に、両親が離婚し、母に引き取られることになった僕が、家を離れる日だ。

「タヌジゾウ。こいが最後ばい」と言ってお供えしたそれは、タヌジゾウが大好きな干し柿だった。それをお供えすると、いつも皿にはピカピカの種だけが残してあり、丁寧に食べたんだとわかった。

最後の日は、またきれいに食べてくれるかどうかわからぬまま、僕はタヌジゾウの元を去った。


僕が大人になってからしばらく経った後、実家も、父の死と共にもう無くなってしまった。訃報は急なことで、死に目にも会えず、葬儀にはちょっとだけ顔を出したが、不思議と哀しみは湧かなかった。涙も出なかった。

悪い父親ではなかった。離れても家族だったろうに、僕も歳を重ね、人に裏切られたり、仕事を辞めたり、さまざまなことが起きすぎたせいか、心を失くしたのかと思った。

だけど後日、実家の跡地へ何気なしに車で向かったときだ。池も枯れ果て、タヌジゾウもそこにはいなかった。けれど僕がお供えした皿が残っていて、その上に、いつか見た三色団子が載っていた。まだ出来立てのようにも見えるそれを思い切って食べたとき、なぜだか僕の目からブワッと涙がこぼれた。

「三色団子ば食うたら、何でん思い出すったい。懐かしか日々、楽しかった日々ば。また明日も生きていこうて、気力の湧くったい」生前、爺ちゃんもそう言っていた。

爽やかな風が吹き、木々を撫でる。ユッサユッサと枝葉の揺れる音が、タヌジゾウの大きなキンタマが揺れる音にも聞こえた気がした。

(完)


【作品、全文無料公開。投げ銭スタイルです】

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