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人が住んでいる方の「ヨコハマ」

横浜はいろんな顔があるねえという話を以前した。
(↓こちら)

今回は、わたしにとっていちばん最新の横浜について。

今、横浜には、というか厳密にいうと桜木町〜野毛〜黄金町だが、飲みに行く、という用で向かうことがほとんどだ。実家のある埼玉県に帰るにはかなり遠いのだが…。

きっかけは京都で友達になったIさんが野毛周辺に住んでいること。
「野毛飲み」の良さを加速させているのは、Iさんの街でのふるまいのおかげもあると思う。
彼は誰かといても、いなくても、しょっちゅうこの辺りで飲み歩いているらしく、変になじみの客ぶることは全くないが、絶対なじみの客だろみたいなことが多くてかっこいい。
店主との話も、「この辺の人?」「はい、××のあたり」とか言うと急にこなれる。知らない街で楽しく飲むには、やっぱりそこに住んでいる人に頼るに限る!

以前雨の日に都橋でIさんを待っていたら、向こうから来たおじさんがスッとわたしの傘に入ってきたことがあってビビった。
「こんばんは」「こんばんは。お姉さん待ち合わせ?」「そうですよ。傘ないの?」「ない」束の間強制的に相合傘させられた。
この日の雨は本降りで風が強く、おじさんはめっちゃ濡れている。

「あっ!マスクしなきゃね」おじさんは慌ててくしゃくしゃのマスクを出そうとする。もう酔っ払っていて全然取り出せていないので、「別に大丈夫ですよ」というが、「いやー、マナーだからね」となぜかそこはちゃんとしたいらしい。無事にくしゃくしゃのマスクを顔に貼り付けてホッとした顔をしている。

「これから飲むの?」「はい。もうすぐ友達が来るので」「そうかあ、夜は長いよね」「そうですね」この日仕事が遅い日で、時刻はもう21時過ぎだった。
やがてIさんがおじさんと同じ方向から歩いてくるのが見え、「あ、友達来たんで行きますね」「はーい、楽しんでね」「おとうさん、風邪ひかないでね」一応いたわってから別れた。

「なんか話しかけられたよ」とIさんに言うと、「野毛はそういうところだからな」だそうだ。

飲み屋は23時半過ぎくらいの、終電がなくなるくらいからが面白い。その街の近隣に住んでいる人しかいなくなり、その街のカラーがいちばん強くなる時間だ。
まあ大体その頃には自分も4、5軒目でへべれけになっているのだけど、まわりの人も大体そうだし、お店の人も慣れっこなので、すべて受け止めてもらえる。幸せな時間だ。

野毛を大阪みたいだ!と思った理由のひとつが、1軒1軒の滞在が短くても許される感じがあることかなと思った。それはもしかすると水先案内人のIさんが大阪出身であることも関係しているのかもしれないが、わたしたちはひとつのお店を1、2杯でさっと切り上げ、飛石を渡るようにぽんぽんと次から次へとお店を移り歩く。

わたしはいろんな人と飲みに行くのが好きで、そうすると、けっこう人によって飲みのスタイルが違うんだなと驚くことが多い。
1軒にずっと腰を据えてゆっくり飲む人もいれば、一通りその店の料理を楽しんだくらいで切り上げる人もいれば、わたしはつまんで、飲んで、はい次、というのが好きだし。人数にもよる。大人数だとフットワークは重く、店選びも難しくなるが、ひとりかふたりだと身軽だ。

わたしは大阪が大好きだから、地元大阪を離れて横浜という街を選んだIさんに対して、なんでだろうと思っていた。でもIさんが夜の横浜(正確に言うと野毛や黄金町だが)を「そこに暮らしている人」の顔で歩いているのを見た時、ああ、しっくりくるなあと思った。
よくもまあ、しっくりくる街が既に見つかっているものだ、とも思った。うらやましかった。

2時過ぎくらいまで飲んだ日、Iさん宅に泊めてもらって昼ごろに起床した。正確に言うとIさんが容赦無くコーヒー豆を挽く音で目覚めた。
近くを走る京急線の音が聞こえる。その日は平日で、みんなの日常が始まっている。なんならIさんも家で仕事を始めている。

若干二日酔い気味の胃に、「とろみのついたスープの、具沢山の麺が食べたい」とイメージを伝えたらすぐにいくつかおすすめのお店を教えてくれた。伊勢佐木モールや横浜橋の商店街もいいよと教えてもらう。
寝る時着ていたスウェットのまま、教えてもらった「玉泉亭」というお店に入った。「おばさんが5人くらい働いている」という事前情報のみもらったが、おばさんが3人とお姉さんが1人とおじさんが1人だった。数は合ってる。

看板商品のサンマーメンは、「そうそう!これが食べたかったの!なんでわかったの!?」と思うくらい今食べたい味だった。とても美味しかった。

後から中学生くらいの女の子とおばあちゃんが服を買った紙袋を提げて入ってきて、まず最初に揚げ餃子を頼んで二人でつまんでいるのがすごく良かった。おそらく、買い物帰りにこの店で昼食をとることは、この人たちにとって昔からあった日常なんだろうなあと思った。

サーティーワンのスプーンが使われててよかった

それから商店街を散歩する。とてもいい商店街だった。
平日の昼間なのに人が多くて、みんなが「仕事」とか関係なさそうな適当な格好でぶらぶらしていて、飲食店もさまざまな商店(金物屋さんや旗屋さんなど昔からのお店や、古本屋も多かった)もみな生き生きと稼働していた。
生きている商店街だ、と思った。それも外から来る人ではなくて、住民の往来で成り立っている。
かと思えば、めっちゃ地元民っぽい手ぶらで杖をついたおじいちゃんが「横浜お散歩マップ」と言うガイドブックを手に歩いていて、マジで〜?と笑ってしまった。

その後仕事を続けるIさんに「よい街に住んでいるねえ」と心の底から告げ、お別れをして、わたしは初めての野毛山動物園に向かった。
11月末だったのだが、入り口付近の記念撮影できるスペースの飾りつけはクリスマスをスルーして既にお正月になっていて、勝手に好感を持った。

気が早いね

柵に貼られた掲示物を見て、小さい頃両親や祖父母とよく言っていた、横浜の祖父宅の近所の「万騎が原ちびっこ動物園」がこの野毛山動物園の分園だと初めて知る。あそこでウサギやモルモットを触ったり、ヤギに塩を舐めさせたりして楽しく遊んだことはとてもよく覚えている。
その幸せな思い出とこんなところで再会できるとは思わなかった。それだけでも来てよかった、と思った。

それにしてもわたしは、横浜についてまだまだ知らないことが多すぎたな、とそのまま横浜駅に向かって歩きながら思った。
今まであまり「人が住んでいる方」の横浜のことを知る機会がなかったのだ。そして人々が愛着を持って住んでいるまちの、ごちゃごちゃした美しさというものも。


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