脳科学におけるボトムアップとトップダウン
脳が生体内で情報処理に特化した最も洗練された器官であるとするならば、理論的・計算論的アプローチを脳の理解に用いることは他の分野にもまして重要なように思う。今回はボトムアップ型とトップダウン型の2つに分けてこの分野が脳をどのように理解しようとしているかを概観してみたい。
(生物学全体におけるボトムアップとトップダウンのアプローチは以前以下の記事で説明した。)
ボトムアップ
生物学的に妥当と思われるモデルを構築し、データにフィットするかを確認する。データにうまくフィットしなければ、現在考えていないどのような項を取り入れればデータを説明できるようになるか考え、モデルを修正する。数理脳科学などと呼ばれる分野に近いかもしれない。
例:Hodgkin-Huxley方程式による活動電位発生の記述
活動電位を膜を流れるナトリウムイオン、カリウムイオン、その他のイオンの微分方程式によってミクロレベルで記述した。実際の活動電位発生時のイカ巨大軸索の膜電位変化を電気生理学的に記録し、データへとフィットすることで、電位依存性カリウムチャネルが4つのサブユニットから構成されることなどを予測した。
トップダウン
データを解析し、アブストラクトな脳の計算論的モデルを提示する。次に、どのようなアルゴリズムや表現を用いているか定式化し、神経回路としての実装を解明する(マーの情報処理を理解するための3つのレベルの発想)。またはデータドリブンな(ブラックボックスな)モデルを作成し、最終的にそれがどのような解釈につながるのかを解析によって示す。計算論的神経科学と呼ばれる分野に近い?
例:小脳のMarr・Albus・伊藤モデル
小脳は顆粒細胞が多数の苔状線維を入力に持ち、多数の平行線維を出力するが、出力のプルキンエ細胞は数が少なく、1つのプルキンエ細胞は1つの登上線維を持つという解剖学的特徴がある。ここから、小脳は顆粒細胞が高次元の特徴表現を作り、登上線維がエラー情報を伝えて平行線維の可塑性を変化させることでパーセプトロンによる教師あり学習を実装しているのではないかというモデルが提唱された。
ボトムアップの手法は還元主義からは支持されるが、脳は相互作用が複雑するため、このアプローチで理解するのが困難でないかという批判がある。一方、トップダウンのアプローチは生物学的な詳細を無視していたり、モデルが高次元すぎて理解につながっていなかったりといった批判がある。これら2つが現在は分けられているが、これらを最終的につなげ、またはそれぞれの手法をどこまで適用できどこで限界を迎えるのかを明らかにして補完しあうことで、脳・心のしくみの全般を明らかにすることが大切なのだろう。
参考文献
Hodgkin-Huxley方程式 - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)
マーの視覚計算理論 - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)