海馬場所細胞の表象は時間的に不安定である
海馬CA1には動物が特定の場所にいるときにのみ発火する場所細胞が存在し、これが動物の空間記憶やナビゲーションに重要な役割をすると考えられている。場所細胞の発見によりJohn O'Keefeは2014年にノーベル医学生理学賞を受賞している。
しかし、「場所表象が長期的にどのような変遷をたどるのか?」という問いは、長期的に自由行動している動物の多数の神経細胞の活動を1細胞レベルで記録することが困難だったために、明らかになっていなかった。
紹介する論文では自由行動中のマウスの神経活動を記録できるミニチュア顕微鏡を用いて、マウスCA1の神経活動を45日以上にわたって記録することで、個々の場所細胞の表象はダイナミックに変化する一方で、同じ場所では15-25%の細胞が共通して場所表象を保ち、神経集団レベルでは1ヶ月以上にわたり正確な場所表象を維持し続けることを明らかにした。
Ziv, Y., Burns, L., Cocker, E. et al. Long-term dynamics of CA1 hippocampal place codes. Nat Neurosci 16, 264–266 (2013). https://doi.org/10.1038/nn.3329
図はNIH Public Accessから引用
Result
図1Aのようなミニチュア顕微鏡で海馬CA1の神経細胞からカルシウムイメージングを行い、場所細胞の活動を記録できることを確認した(図1D)。
図2は、海馬CA1は集団として安定な場所表象を保っていることを示している。45日にわたってリニアトラックにマウスを置いた際の神経活動を記録すると(図2A,B)、常に10-15%の細胞が場所・方向特異的に活動し、トラック全体を覆うことで安定な場所表象を維持していることが示された(図2E-G)。ここで、一見個々の場所細胞が安定して特定の場所表象を維持しているかのように見えてしまうが、図2Fの図などはそれぞれの日で場所表象を持っている細胞の活動を可視化しているのであって、同じ細胞の活動を日を追って可視化しているのではないことに注意が必要である。
図3では、個々の細胞の場所表象は動かないものの、時間的に確率的であり、集団レベルで安定した表象を保っていることを示している。複数のセッションで場所表象を持つ細胞の割合は多くなく、時間を経るごとに場所表象を維持する細胞の割合は減っていくが、場所の位置自体は時間を経ても同じ細胞でずれることは少ない(図3B-D)。図3E-Gは特定のセッションで場所表象を持つ細胞の神経活動を日を追って記録していくと、場所表象を持つ細胞の割合は時間が離れるほど大きく減っていくことを視覚的に表しており、この論文で最も印象に残る図となっている。一方で、このように割合的には少ない細胞しか場所表象を維持しないものの、カルシウムイメージングのデータからマウスの場所を予測するベイズデコーディングモデルを構築すると、神経細胞集団からはある程度安定して場所情報をデコーディングできることが分かった(図3H-J)。
Discussion
電気生理学は論文発表当時細胞数が数十しか取れず(今ではNeuropixelで数千の細胞が記録できる)、また数週間にかけての同一細胞のレコーディングは難しかった。カルシウムイメージングを用いた手法では、ファイバーフォトメトリーは1細胞レベルの活動が取れず、2光子顕微鏡は自由行動下での神経活動を記録することが困難であった。本研究は、ミニチュア顕微鏡が開発されたからこそ可能になった研究で、この後ホットトピックとなっていく神経活動ドリフトの先駆けとなった。
神経活動ドリフトとは、本研究のように個々の神経細胞の活動ダイナミクスが変化しながらも、全体として情報の表象を維持する現象で、海馬以外にも大脳皮質などでも知られている。活動ダイナミクスは変化しつつも、高次元空間では情報を保持しており、ドリフトは伝えたい情報と直交する方向に働くといった報告もあり、非常に興味深いトピックである。
また、本研究の技術的なカギとなったミニチュア顕微鏡はその後も主にInscopix社から発展が続けられており、多色イメージングが可能なnVue、イメージングと同時にオプトジェネティクスを用いた刺激が可能なnVokeなどが開発されている。また、2光子顕微鏡、3光子顕微鏡も自由行動下で使用可能なものが開発されており、今後はより自然な環境下での動物行動と相関した神経活動の大規模記録が進んでいくのではないかと予測される。