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情報で捉える生物学入門#9 【遺伝学】

連載第1回で、遺伝子中心の視点からは、「生物は遺伝子の乗り物である」というリチャード・ドーキンスの生命観を紹介した。これは遺伝情報の継承を中心に据えた見方である。情報の世代を経た継承を遺伝といい、集団内における遺伝子頻度の世代を通じた変化を進化という。これまで細胞や動物・植物において情報がどのように発現され、処理されているかを扱ってきたが、今回は遺伝学を、次回は進化学を扱うことで、情報がどのように継承されるかについての理論的側面を扱う。


メンデルの遺伝の法則

子は親に似る。これは広く知られていることで、親から子へ伝えられる遺伝因子が子で混ざり合うことで表現型が決まるのだろうと考えられていた(融合説)。子は部分的に母親に、部分的に父親に似ているため、直感的にはこう考えるのが自然だろう。メンデルは、エンドウ豆を用いた交配実験のデータを基に、遺伝因子は個々に分かれた粒子であり、それが組み合わされた遺伝子型を基に子の表現型が決まるという粒子説を唱えた。今では遺伝物質の実体としてDNAが知られているため納得ができるが、当時は実体が知られていなかったことを考えればその洞察は驚異的である。

メンデルが発見した遺伝の法則は、以下の3つである。

  1. 優性の法則
    緑色のさやを作るエンドウの品種と黄色の品種をかけ合わせると、第1世代はすべて緑色のさやを作る。これらの対立形質がそれぞれに対応する遺伝因子によって作り出されたと仮定すると、雑種第1世代は緑色のさやを作る親からAの因子を、黄色のさやを作る親からaの因子を受け継いだとして、Aaの遺伝子型を持つ。ここで雑種第1世代の表現型がすべて緑色のさやであるように、どちらか一方の表現形質のみが生じることを優性の法則という。

  2. 分離の法則
    雑種第1世代同士をかけ合わせると、それぞれの親の遺伝子型Aaから1つの対立遺伝子が選ばれ、組み合わされて接合子となる。よって子の遺伝子型は以下の表のように$${AA:Aa:aa=1:2:1}$$となる。Aがaに対して顕性(優性)であることから、表現型としては緑色のさやを作る個体と黄色のさやを作る個体が3:1となる。このように親の対立遺伝子のペアが分かれて子に受け継がれることを分離の法則という。

  3. 独立の法則
    緑色のさやと黄色のさやを作る遺伝子Aとaの他に、草丈が高くなる遺伝子Bと低くなる遺伝子bという2組の対立遺伝子を考える。分離の法則から、雑種第2世代のさやの色に関する遺伝子型は$${AA:Aa:aa=1:2:1}$$、草丈に関する遺伝子型は$${BB:Bb:bb=1:2:1}$$となる。これらの遺伝子の作用は互いに影響を及ぼさずに直交しており、両方の対立遺伝子を考慮した遺伝子型は以下の表のようになる。よって、表現型は、$${緑さや草高:緑さや草低:黄さや草高:黄さや草低=9:3:3:1}$$となる。このように異なる対立遺伝子のペアが影響しあうことなく独立に表現型を決定することを独立の法則という。

表:2つの対立形質による独立な表現型の決定

メンデルが遺伝の法則を発見したのちに、減数分裂の際の細胞内の相同染色体が配偶子に1本ずつ分配されることが観察された。遺伝子が染色体上にのっていると仮定すると分離の法則を説明できることから、このような染色体説が唱えられ、のちにモルガンらによって実証された。遺伝子という情報と染色体という物理的実体が結びついた瞬間であった。

対立形質には3つ以上の対立遺伝子によって決まるものもあり、このような複対立遺伝子としてABO式血液型が有名である。

対立遺伝子の組み合わせによっては、独立の法則が成り立たないケースがある。例えば、遺伝子型AaBbのヘテロ接合体とaabbの潜性ホモ接合体とをかけ合わせると、独立の法則が成立する場合は子の遺伝子型が$${AaBb:Aabb:aaBb:aabb=1:1:1:1}$$となるところが、$${AaBb:Aabb:aaBb:aabb=1:0:0:1}$$となる場合がある。このようにA-Bとa-bが減数分裂の過程でバラバラにならずセットで遺伝しているとき、遺伝的(完全)連鎖が起こっているという。また、$${AaBb:Aabb:aaBb:aabb=3:1:1:3}$$のように独立の法則が成立する場合と完全連鎖が成立する場合の中間の場合を不完全連鎖と呼ぶ。

遺伝学は、情報と物理的実体があまりに強固に結びついているがゆえに、それらのどちらを指しているか混乱も生じやすいため、ここで用語の整理をしておく。

生物個体の遺伝子の構成(情報)を遺伝子型といい、形質として現れた個体の特徴(物理)を表現型という。遺伝子が染色体上に占める位置を遺伝子座(物理)という。ある遺伝子座に着目して、同一の対立遺伝子座で構成されていればホモ接合(情報)、異なる対立遺伝子で構成された個体をヘテロ接合(情報)という。不完全連鎖は、2組の対立遺伝子の遺伝子座が染色体上で離れて存在しているために、減数分裂の過程で染色体が交差して連鎖している遺伝子の組み合わせが確率的に変化するためにおこる。ここで、染色体の交差を乗換え(物理)、遺伝子の組み合わせが変わることを組換え(情報)という。このように常に情報を指しているのか、物理的実体を指しているのかを意識することで、それらを混同することはなくなるはずである。

集団遺伝学とハーディー・ワインベルグの法則

メンデルの遺伝の法則を集団全体に拡張したものが集団遺伝学である。集団遺伝学の基礎をなす集団内における遺伝子頻度が、特定の条件(後述)を満たす生物集団で変化しないことを示した法則がハーディー・ワインベルグの法則である。

ある対立遺伝子Aとaがあり、それぞれの頻度をpとqとする。ここでは2つの対立遺伝子しか考えないため、$${p+q=1}$$である。これらの対立遺伝子を持つ個体が任意(ランダムに)交配を行うとすると、メンデルの分離の法則の場合と同様に考えて、次世代のAAの頻度は$${pp=p^2}$$、Aaの頻度は$${2pq=2pq}$$、aaの頻度は$${qq=q^2}$$となる。よって、次世代の対立遺伝子Aとaの頻度の和は、$${p^2+2pq+q^2=(p+q)^2=1^2=1}$$、Aの頻度は$${p^2+\frac122pq=p(p+q)=p}$$、aの頻度は$${\frac122pq+q^2=(p+q)q=q}$$となる。ここで導出に$${p+q=1}$$を用いた。よって、Aの頻度はp、aの頻度はqとなり、世代を経ても変化しないことが分かる。

ハーディー・ワインベルグの法則が成立するためには、以下の5つの条件が必要である。

  1. 突然変異がない
    遺伝的変異の原因である突然変異が起きると新しい対立遺伝子が生じ、遺伝子プール内の対立遺伝子頻度が変化し、遺伝的平衡が崩れる。

  2. 自然選択が働かない
    ある特定の遺伝子型が他の遺伝子型よりも有利になる自然選択が働くと、特定の対立遺伝子の頻度が変化する。

  3. 集団サイズが無限に大きい
    小さい集団では遺伝的浮動が起き、対立遺伝子の頻度がランダムに変化する。

  4. 無作為交配が行われる
    近親交配などにより集団内での交配が選択的に行われると、ランダムな遺伝子の混合が起こらず、平衡が崩れる。

  5. 遺伝子流動がない
    集団に他の集団との個体の移出入があると、外部から新しい対立遺伝子が導入され(または特定の対立遺伝子が流出し)、対立遺伝子頻度が変化してしまう。

遺伝学と進化

進化とは、冒頭で述べたとおり、集団内での世代を通した遺伝子頻度の変化と定義できる。つまり、ハーディー・ワインベルグの法則が成立すると、進化が起きない。逆に、現実の生物が進化するのはこれらの条件が守られていないためであり、ハーディー・ワインベルグの法則の不成立条件を進化の機構と捉えることができる。次回の連載では自然選択や遺伝的浮動などによる進化を取り扱う。

遺伝子伝搬の多様性

ここまで遺伝情報の例としてタンパク質をコーディングする遺伝子を扱ってきた。しかし、ヒトゲノムの中でタンパク質に翻訳されるエキソン領域は約1.5%であるのに対し、同じ配列が繰り返される反復配列が半分以上の領域を占めることが分かっている。これらの領域はゲノムの多様性に寄与するものの、機能を持たないジャンク配列と呼ばれてきたが、これらの配列も遺伝子発現に寄与したり、遺伝病の原因になったりすることが分かってきている。

また、遺伝子は親から子へと垂直伝搬するのみでなく、寄生や共生などの生物間相互作用を通して種を超えた遺伝子の水平伝搬が生じることがある。哺乳類の胎盤形成の遺伝子の一部は、1本鎖RNAの遺伝情報から逆転写酵素によりDNAを合成できるレトロウイルスの遺伝子が取り込まれることで獲得されたことが分かっており、ウイルスから真核生物への水平伝搬の例として知られている。

遺伝以外による継承

最後に、親から子に継承されるのはDNAのみではないという話をしたい。その代表例がエピジェネティックな修飾である。エピジェネティックな遺伝子発現制御は、DNAの塩基配列そのものを変化させることなく、遺伝子の発現が調整される仕組みで、発生や環境応答に関わる。具体的にはDNAのメチル化や、DNAが核内で巻き付いているヒストンタンパク質のアセチル化、メチル化、リン酸化などが該当する。近年エピジェネティックな修飾も一部生殖細胞を通して遺伝することが分かっており、注目が集まっている。

遺伝はDNAという分子実体を通して行われるが、学習による行動の継承も動物で一般にみられる。ニホンザルのイモ洗いは、ある個体が始めたものが他の個体が行動を見て真似、集団に広まった例として有名だ。ヒトの文化や言語もこのように継承される情報の一種と考えられ、ミームと呼ばれている。
これは、ミツバチのえさ場の場所を伝える八の字ダンスなどの遺伝要因による生得的な行動とは対照的である。しかし、遺伝と学習の関係はゼロイチではなく、当初は学習によって継承されていた形質が、次第に遺伝によって親から子へと伝わるようになる場合がある。これは学習能力の基盤となる遺伝的特徴が自然選択されることで徐々に遺伝的に固定されるボールドウィン効果として知られており、進化も学習も機構やタイムスケールが違えど、同じ最適化による情報の継承確率の最大化をいう問題を解いているということを感じさせる。

参考文献

遺伝学の基本は、メンデルが提唱した遺伝の3法則(優性の法則、分離の法則、独立の法則)に基づき、遺伝情報がどのように継承されるかを説明するものであり、後に染色体上の遺伝子との関連が実証された。ハーディー・ワインベルグの法則は、遺伝子頻度が一定条件下で世代を超えて変化しないことを示し、進化が起こる要因(突然変異や自然選択など)の理解を助ける。遺伝情報の継承はDNAだけでなく、エピジェネティック修飾や文化的学習によるものも含まれ、これらは進化と学習が情報の効率的な伝達を目指す最適化問題としてつながる。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成