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睡眠の進化:爬虫類の前障が示す新たな視点

睡眠は多くの行動学的要素と神経科学的要素が協調的に作用し、高度に組織化された状態である。ほとんどの動物に普遍的に備わり、高等脊椎動物にとって必須の現象であるのにもかかわらず、睡眠はその必要性、進化的成り立ちも含め、謎が多い。また、睡眠は睡眠覚醒周期、レム睡眠、ノンレム睡眠など周期的な制御を受け、これは環境の変化に適応するために脳が生み出すリズムの顕著な例である。

哺乳類の前障(Claustrum)は幅広い脳領域との結合を持つことから、高次の認知機能を担うと考えられ、注目を集めている。Francis CrickやChristof Kochは前障が選択的注意をどこに向けるかを何に向けるかを決定しており、意識の生成に重要な役割を果たしている可能性を提唱しているが、一般にはあまり受け入れられていないようである。

本研究は、電気生理学的記録から、フトアゴヒゲトカゲの睡眠中に徐波睡眠の特徴であるSWRが前障で生成され、哺乳類扁桃体複合体に相当する非皮質脳外套へと伝搬していくことを明らかにした。また、1細胞RNAシークエンスと神経トレーシング技術を用いて、進化的に離れた2匹の爬虫類(トカゲ、カメ)の前障を調べると、羊膜類の先祖で前障が存在していることが分かった。

Norimoto, Hiroaki, et al. "A claustrum in reptiles and its role in slow-wave sleep." Nature 578.7795 (2020): 413-418.
DOI:https://doi.org/10.1038/s41586-020-1993-6


Introduction

近年、哺乳類や鳥類でみられる主要な睡眠時の特徴である徐波睡眠とレム睡眠はオーストラリアの爬虫類であるフトアゴヒゲトカゲ(Pogona)にもみられることが発見され、これらの睡眠は3億2千万年前の羊膜類の分岐に先立ち進化していることが分かった。Pogonaの睡眠は特徴的であり、通常の室温では3分以内という非常に短い時間で睡眠周期が一周し、等しく徐波睡眠とレム睡眠に分けることができる。

Pogonaの徐波睡眠の主要な電気生理学的特徴は0-4Hzのδ帯域のエネルギーであり、これは鋭波に由来する。鋭波は高周波のリップルを含み、DVR(竜弓類脳の主要非皮質外套領域)から記録されるsharp-wave ripple complex (SWR)を構成する。レム睡眠は対照的に、皮質やDVRで計測される10-40Hzのβ帯域の広いエネルギーにより特徴づけられる。

Results

図1では、SWRは徐波睡眠中のPogonaのamDVR(前内側極DVR)で生成され、後方外側へ伝搬していくことが示された。DVRの前方内側と後方外側の2か所から同時に脳波を計測し(図1A)、8時間の睡眠中のβ波、δ波のそれぞれの計測位置での自己相関、相互相関(図1B、C)が調べられた。徐波睡眠時に前方から後方へと波が伝搬している(後方は少し位相が遅れる)こと、SWRの高周波のリップル成分(70-150Hz)が存在することが分かった。以上から、SWRは徐波睡眠時のDVRで起こり、定期的に徐波睡眠はレム睡眠へと移行することが示された。

前方計測部位における徐波睡眠時の広い帯域における局所電位(LFP)波形の相互相関(図1D)と、前方と後方DVRを同時記録した際に、鋭波が時間的なずれの程度(図1E)から、局所電位(LFPs)はDVR記録領域での相関が高いのに対し、前内側極DVR(amDVR)で記録された鋭波はより後方や側方で記録されたものよりも平均して200ms程度先行してSWRが伝搬することを示していた。

図2は、SWRはDVR切片で自発的に起こり、前方内側極がその発生源であることを示している。水平面のDVR切片をamDVR(前方内側DVR)とplDVR(後方外側DVR)に分離すると(図2D)、amDVRにおいてのみ自発的なLFPsが計測された(図2E)。DVR、amDVR、plDVRにおけるSWR発生の平均頻度を比べると、DVRとplDVRの間、amDVRとplDVRの間では統計的に有意な発生頻度の差があった(図2F)。よって、DVRをより小さな領域へ分割して計測すると、前方内側極のみがSWRを発生し、その割合は対照群と変わらないことが分かった。

図3は、1細胞RNAシークエンスとウイルスによる神経トレースは、爬虫類のamDVRが哺乳類における前障(claustrum)に相当することを示す。UMAPによりPogonaグルタミン酸作動性ニューロンの遺伝子発現を次元削減し、クラスタリングした結果、29個のクラスターに分けることができた(図3A)。Pogona終脳におけるこれらのクラスターの位置をクラスター特異的マーカーとin situハイブリダイゼーションと免疫組織化学染色を用いて特定すると、クラスター19,20がamDVRにマップされた(図3B-D)。1細胞RNAシークエンスで検出された細胞をPogonaからマウスへと対応付けると、PogonaのamDVRとマウスの前障におけるトランスクリプトームが似通っていることが分かった(図3G)。発生学的な知見と総合して、Pogonaのam DVRと哺乳類前障が相同であることが示唆された。

amDVRと哺乳類の覚醒、睡眠の制御と関係している領域との結合を調べ、哺乳類前障と同様にamDVRが広く残りの脳外套と結合しているかを確認した(図3I)。免疫組織化学染色と蛍光in situ hybridization (FISH)を用いてPogona間脳(緑)、中脳(オレンジ)、脳幹(ピンク)で睡眠をつかさどる細胞体を特定した。前脳領域(青)も1細胞RNAシークエンスにより位置を特定した。amDVRの結合を正確に特定するため、蛍光タンパク質遺伝子を運ぶアデノ随伴ウイルスを用いて局所トレーサー注入を行った(図3J)。amDVRは脳外套前頭葉と密に結合し、睡眠、覚醒サイクルを制御する領域から入力を受けていると分かった。

同様のトランスクリプトーム解析を爬虫類の系統的に遠い仲間であるアカミミガメに対して行い、カメにおける前障の相同領域を探した(Ext Data 図7)。様々な形態的違いはあるものの、カメの脳外套肥大部がPogonaでのDVRと同じ遺伝子発現クラスターに属することが分かり、また脳外套肥大部のスライスはSWRを生成した。よって、この脳外套肥大部はカメにおける前障の相同領域であると考えられ、前障の相同領域が羊膜動物門の共通祖先ですでに存在していることが明らかになった。

図4は、DVRでのSWRの生成は、前障が他の脳部位と相互作用し、神経伝達物質等の情報を統合して出力することに依存することを示した。イボテン酸を用いて生体内の片方(図4A)、または両方(図4B)の前障に損傷を起こし、睡眠中の損傷を持つDVRから脳波を測定すると、レム睡眠のβ波の活動は影響を受けないが、前障の損傷部位からは徐波睡眠の特徴であるSWRが消失していた(図4D)。これらの結果は、前障が徐波睡眠時のDVRにおけるSWRの生産に必要であり、睡眠リズムそのものの生成には関わっていないことを示している。

Disucussion

本研究により、SWRは徐波睡眠中のPogonaの前方内側DVRで自動的に生成され、後方外側DVRへ伝搬していくこと、爬虫類の前方内側DVRは哺乳類における前障に相当し、前障の起源は羊膜類の先祖までさかのぼること、 前障が睡眠覚醒制御領域など他の脳部位と密に相互作用して入力を受け取り、情報を統合・修飾して出力することで、DVRによるSWR生成と徐波睡眠のレム睡眠への切り替えが行われることが示された。

よって、前障が意識などの高次の認知機能を担うとすれば、先祖の異なる機能から分岐したと考えられる。(ただし、爬虫類が意識を持っているかどうかは、議論が分かれそうだ。)形態学的に大きく異なっていてもぞれぞれの生物の前障はSWRを産生できるので、構造は前障の機能に対してそれほど大きな役割を果たしていないと推測できる

前障によるSWR生成の調節の際にどのような情報処理が基盤となっているのかという機構と、睡眠に関連した前障への入力が具体的にどのような時間、空間パターンを持っているのかを明らかにすることが、徐波睡眠とレム睡眠の切り替えの詳細なメカニズムを明らかにするうえでの今後の課題である。

前障は意識を生じるうえでカギとなるといわれているものの、その実験的裏付けは乏しい。今回の研究でその謎の解明に大きく迫れたわけではないものの、爬虫類と哺乳類の祖先から前障が存在することを示唆したのは、議論に進化的な視点を加えた意味で確かな前進であろう

睡眠は、行動学的および神経科学的要素が協調して作用する高度に組織化された状態であり、ほとんどの動物に普遍的に備わっている。哺乳類の前障(Claustrum)は高次の認知機能を担うと考えられており、意識の生成に重要な役割を果たしている可能性があるが、その機能は完全には解明されていない。本研究では、フトアゴヒゲトカゲの前障が徐波睡眠時にSWRを生成し、羊膜類の先祖に前障が存在したことを明らかにした。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像の出典:A claustrum in reptiles and its role in slow-wave sleep | Nature