見出し画像

脳機能局在論と最近の進展

ヒトの脳には約1000億個の神経細胞が存在するといわれている。
この1000億個の神経細胞は、どのように我々の感覚や運動情報、記憶を生み出しているのだろうか?
ここには2つの対立する仮説が存在する。

1つは機能局在論である。例えば、患者H.M.の事象は、海馬(嗅内皮質)が記憶に不可欠であるという認識をもたらした。前頭葉に鉄パイプが刺さったPhineas Gageの事例は、前頭葉が意思決定や性格の構成に重要な働きをしていることを明らかにした。Wilder Penfieldは手術中に脳の特定領域を電気刺激することで、足や手の動きを誘発できるほか、記憶も想起させることができることを発見した。

脳に機能は局在しておらず、分散して情報が保持されているというのが対極的な考え方である(反局在論)。Karl Lashleyはラットの大脳皮質に大規模な損傷を与えることで、記憶と学習の能力は損傷の量に依存するが、特定の部位の損傷には依存しないことから、脳が記憶を分散して保持していることを示唆した(現在はこの研究自体には否定的な見方が多い)。

さて、ではより最近の実験データはどちらの仮説を支持しているのだろうか?


一つの神経、シナプスの影響は大きい。

21世紀の神経科学の最大の技術発展の1つは神経活動を精密にコントロールする技術を手に入れたことだろう。

神経活動の精緻な操作により、ラットの運動野にある1つの特定の神経細胞を活性化させるだけで、ひげの動きという運動出力につながるという発見があった。
また、より最近では光遺伝学的手法により少数の細胞を制御することで運動学習の変化につなげるといった研究もなされている。
また、シミュレーションレベルでは、少数のシナプス結合を変更するだけで意思決定過程の神経活動を説明することができる。
これらの研究における少数の神経細胞の脳内での影響力の絶大さを鑑みると、脳機能の局在論が支持されるように思える。

行動、認知変数の全体表象。

近年のもう一つの技術発展は、神経細胞の記録技術の進展であり、2024年には100万細胞の同時記録を達成したという論文も出版された。

広範囲の神経活動の同時記録によって分かったことは、脳の多くの領域が顔の表情などの自発的な動きを分散して表象しているということである(研究12)。
最近International Brain Laboratoryが出版したより網羅的な神経活動記録の研究も、感覚刺激に関する事前分布が脳の広い領域に分散して表象されていることを示唆している。
これらの結果は、脳(特に大脳新皮質)に、はっきりとした機能の局在はなく、情報が分散されて表象されていることを示しているように思える。

機能局在と分散表象の矛盾

もう一度前提と結果を整理してみる。

機能局在仮説では、脳の機能が特定の領域に制限されている。よって、領域Aは特定の記憶を作るときや想起するときに活動し、その神経を活性化させることで記憶を想起でき、抑制することで記憶は想起できなくなる。

分散表象仮説では、脳の機能は分散して保持されている。よって、領域Aは様々な記憶やそれ以外の情報と相関するし、領域Aを活性・抑制させても記憶表象に影響が出ないことが多いだろう。

しかし、実際には細胞やシナプスを操作するだけで行動に影響が出る場合があるのにもかかわらず、脳の多くの領域が同じような活動を示すことが多々あるのだった。

脳の情報表象方法

おそらく、真実はこれらの中間にあるということなのだろう。そもそも、少数の細胞やシナプスの操作で行動に影響が出るといっても、それは選ばれた細胞で、他の多くの細胞を操作しても影響は出ないだろう。また、脳の情報表現が分散していることを示唆する論文でも、情報のモダリティーによって当然ながら機能局在も見られる。

そもそも細胞の活動を操作して何の影響もなくても結果をインパクトのある形で出版はできないわけで、これらの結果は細胞の行動への影響度に分布があり、その分布の端を見ていると解釈するべきである。また、大規模レコーディングの場合は分布の全体像をとらえており、実際に行動に強い影響力のある細胞にはフォーカスしていないだろう。

細胞やシナプスのつながり方の強さを分布として記述した研究によると、神経のつながり方の分布は対数正規分布で、強力なシナプスが少数存在するそうだ。これによって多くの細胞が脳全体にわたって同じような情報を表象する一方で、少数の細胞が機能に結び付く大きな影響を持つという相反するように見える知見を説明できる。このような解像度の一段上がった研究により、脳の真実の姿がクリアに解明されていくのだろう。

また、V1などと名前のついている領域にも音刺激や動きなど他の情報がのっていることを認めたうえで、それらの情報表象を巧妙な行動タスクとタイムスケールの速いレコーディング、解析で分離する試みも行われている。今後は研究するうえで、注目する脳領域がタスクなどに関連する情報以外にどのような情報を表象しているのか注意を払う重要性が増していくと思われる。

参考文献

健忘症候群 - 脳科学辞典 (neuroinf.jp)
Whisker movements evoked by stimulation of single pyramidal cells in rat motor cortex | Nature
Labelling and optical erasure of synaptic memory traces in the motor cortex | Nature
Recurrent Network Models of Sequence Generation and Memory: Neuron (cell.com)
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(24)00121-1
Single-trial neural dynamics are dominated by richly varied movements | Nature Neuroscience
Spontaneous behaviors drive multidimensional, brainwide activity | Science
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.07.04.547681v2
Triple dissociation of visual, auditory and motor processing in mouse primary visual cortex | Nature Neuroscience

ヒトの脳は約1000億の神経細胞から成り、これらが感覚、運動、記憶の処理に関与している。機能局在論と反局在論は、脳の機能が特定領域に限定されるか、広範に分散するかについて対立する見解を提供している。最新の研究は、これらの仮説の中間的な真実を示唆しており、脳機能の理解は進化し続けている。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成