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電気生理とイメージングの比較まとめ

脳内で何が起こっているかを明らかにするためには、脳にある神経細胞の活動を記録する必要がある。実験動物を扱う神経科学の分野では、様々な神経生理学的手法が発達し、多数の神経細胞をより時間、空間解像度が高い状態で記録することが可能になっている。本記事ではその中でもメジャーな手法である電気生理学的手法カルシウムイメージングに基づく手法を説明し、比較を行う。


電気生理学

電気生理は時間分解能高く細胞の電気的活動を直接記録することができる唯一の手法である。ここではin vivoでの活動を記録できる細胞外電位記録法について説明する。神経細胞が発火した際の活動電位により、細胞外側表面に局所的で瞬時の電位変化が引き起こされる。別に用意した接地電極と記録電極の電位を測定することで、活動電位を短い互いに反対方向へ変化する電位差として記録することができる。細胞外電位記録の長所は比較的簡便に素早い電気的活動を記録できる点で、短所は閾値化のEPSPやIPSPのような電位変化を基本的には測定できない点である。4本の電極を束にしたテトロードを用いると、各電極によってモニターしたスパイク活動に基づき単一ユニットスパイクを分離することができる。単一ユニットスパイクは細胞の形状、大きさ、記録電極からの位置に依存しており、これらに基づいて特定の細胞と対応した波形を抽出することをスパイクソーティングという。

従来の電気生理学的手法は脳に刺せる電極、チャネル数に限りがあるため、記録できる細胞数は多くない。動物を1回のみ使用する急性記録と数ヶ月といった長期間に及び使用する慢性記録の両方に使用することが可能だが、特に長期において同一の細胞から単一ユニットスパイクを記録し続けることはかなり困難なようである。また、基本的にスパイクの波形のみから細胞種を特定することも困難である。一方で、自由行動中の動物に対しても使用でき、値段も比較的安い。

イメージング

神経活動を可視化するイメージングは、単一ニューロンの分解能で一度に数千にも及ぶ神経活動を可視化でき、これらの空間的関係も明らかにすることができる。時間分解能はミリ秒から秒のオーダーに及ぶ。神経細胞内でのカルシウム濃度変化を可視化するカルシウムイメージングが一般的で、遺伝的にコードされた蛍光タンパク質のプローブを遺伝子組み換え動物に発現させたり、そのプローブを持つウイルスを感染させることで発現させたりする。遺伝的にコードされたタンパク質は脳内の特定の細胞種を標的にすることが可能で、分子レベルで定義された神経回路の活動を可視化することができる。

神経細胞においてカルシウム濃度変化は神経の電気的活動を間接的に反映している。この作動原理から、高濃度で発現させると細胞内カルシウムをバッファーして内在性のシグナル伝達を攪乱する可能性があることに注意が必要である。また、動物を顕微鏡下に置く必要があるため、自由行動下で記録できない。

カルシウムの蛍光イメージングが流行している背景としては、性能の良い蛍光インジケーターが開発され、普及した点が大きいようだ。特に、GCaMPは比較的明るく急速かつ安定に機能することが知られており、最近開発されたGCaMP8はピークの1/2に達する速さが2ミリ秒を達成している。

カルシウムイメージングの手法として近年普及している2光子励起顕微鏡を用いたイメージングは、焦点面にある蛍光プローブを、2つの光子分のエネルギーを吸収させることで選択的に励起する手法である。光子一個のみでは蛍光プローブを励起するのに十分なエネルギーを持っていないため、焦点面のみから解像度の高い画像を得ることを可能にする。近年は様々な工夫により、記録細胞数が指数関数的に増加している。また、波長の長いレーザーを用いて深い組織から蛍光を記録できる、長期間同じ細胞から記録できる、脳表から侵襲することなく記録できるといった利点がある。一方で、レーザーを用いるため、装置が非常に高価になることが欠点である。

まとめ

以上の特徴をまとめ、電気生理とカルシウムイメージングで比較したものが以下の表である。ただし、筆者はカルシウムイメージングの経験しかないため、バイアスがかかっている可能性があることに注意。

電気生理とイメージング比較まとめ

△は基本的には○より劣ることを示すが、近年は弱点を克服するような手法が開発されており、以下で一つずつ説明する。

近年の技術開発

カルシウムイメージングの①時間解像度の悪さを克服する技術として、ボルテージイメージングがある。ボルテージイメージングは膜の電位変化を蛍光変化に変換することで、電気生理と同程度の時間分解能で、記録細胞数をイメージングのようにスケールできる夢の技術であるが、遺伝的にコードされたプローブが使いにくいらしく、GCaMPほど広まっているイメージはない。ただし、マウスの大脳皮質の数十のニューロンを15分間にわたって記録するVoltronが開発されており、今後普及していく可能性がある。

電気生理の②空間解像度と③記録細胞数を大幅に改善する手法として近年開発されたのがNeuropixelsである。電気生理で記録できるスパイクは従来300程度が限界だったのが、2017年に発表されたNeuropixelsでは、700以上のスパイクを計測できるようになり、電気生理でもイメージングと同程度のオーダーの神経活動を取得可能になった。現在ではNeuropixels 2.0Neuropixels Ultraとより多くの脳領域からより高密度に神経活動を収集できるように改良が続けられている。

電気生理では基本的に⑤細胞種選択的に神経活動を記録することができないが、その欠点を補うのがOpto-taggingという手法である。この手法では、あらかじめチャネルロドプシンを特定したい細胞種に発現させておき、まず光遺伝学的を用いずに神経活動を記録したのち、光遺伝学の手法を用いて神経細胞を活性化させながらの神経活動記録を行う。この際に強く活性化されたスパイクはチャネルロドプシンを発現させた細胞種のため、これと最初のレコーディングのスパイクを対応付けることで元々記録していた神経活動の細胞種を事後的に特定することができる。

イメージングを⑥自由行動下で行う手法として、マイクロエンドスコープが開発されている。マイクロエンドスコープは、実験動物の頭部に装着可能な超小型の顕微鏡である。蛍光顕微鏡の1細胞レベルの解像度と長期レコーディングが可能という長所を保持しながら、自由行動下で記録することを可能にし、海馬場所細胞のドリフトなどを明らかにするために使われてきた。最大で500個程度の細胞を同時記録することが可能である。一方で、レンズを脳に埋め込む必要があるため、侵襲度が高いことに注意。また、最近ではマイクロエンドスコープの2光子顕微鏡バージョン(MINI2P)も開発されており、侵襲度も抑えることが可能になっている。

イメージングを自由行動下でできないことを克服するもう一つの手法としては、バーチャル環境を用いることがあげられる。マウスをボールや筒の上で歩かせ、その動きと画面の動きを同期させることで、あたかもマウスにバーチャル空間内で行動しているかのように感じさせ、その際の行動と神経活動を同時に記録するという手法である。こちらも最近マウス用のVRゴーグルを開発したという研究が発表され、実際の環境内で行動している時とより類似した神経活動を記録することが可能になると考えられる。

参考文献

Impaired Hippocampal Representation of Space in CA1-Specific NMDAR1 Knockout Mice: Cell
Fast and sensitive GCaMP calcium indicators for imaging neural populations | Nature
Functional imaging with cellular resolution reveals precise micro-architecture in visual cortex | Nature
ja (jst.go.jp)
Bright and photostable chemigenetic indicators for extended in vivo voltage imaging | Science
Fully integrated silicon probes for high-density recording of neural activity | Nature
Neuropixels 2.0: A miniaturized high-density probe for stable, long-term brain recordings | Science
Ultra-high density electrodes improve detection, yield, and cell type specificity of brain recordings | bioRxiv
Neuron-type-specific signals for reward and punishment in the ventral tegmental area | Nature
Miniaturized integration of a fluorescence microscope | Nature Methods
Long-term dynamics of CA1 hippocampal place codes | Nature Neuroscience
Large-scale two-photon calcium imaging in freely moving mice: Cell
Imaging Large-Scale Neural Activity with Cellular Resolution in Awake, Mobile Mice: Neuron
Full field-of-view virtual reality goggles for mice: Neuron (cell.com)

脳の神経細胞活動を把握するため、電気生理学的手法とカルシウムイメージングが用いられる。電気生理学は時間解像度が高く直接的に神経活動を記録するが、細胞数の記録に限界がある。一方、カルシウムイメージングは多数の神経活動を一度に可視化でき、空間的関係も明らかにするが、時間解像度に制限がある。近年、これらの手法の弱点を克服する技術が開発されており、自由行動下での記録や細胞種特定などが可能になっている。

ChatGPTを用いて要約