睡眠時のリプレイが歌シークエンス生成神経回路の特性を明らかにする
Introduction
システム神経科学においては、特定の脳領域を切除したり不活性化したりした際の行動の変化を見ることで、その脳領域がどのような行動のどのような側面を担っているかを推測するという研究手法がよくとられる。しかし、これらの切除や不活性化の結果が行動の消失であった場合、その脳領域がその行動自身の発現に必要なのか、より高次のその行動を行うことを決定する部分に必要なのか、はたまた気分を調節しているだけで間接的な効果なのかといったことはわからない。
ここで問題となるのは、一般に動物が何を考えているか明らかにするためにとれる方法が、行動出力の観察しかない点である。しかし、僕らは体を動かしていないときにも思考を巡らせているし、動物もおそらくそうだろう。何か動物の行動を介さずに脳の機能を推測する方法はないのだろうか?
今回の研究では、ゼブラフィンチの視床(Uva)を切除すると、歌とそれを生成する神経活動ダイナミクスが消失した。しかし、高密度の電極を用いて睡眠時のリプレイ(replay)の神経活動を記録すると、歌を歌うときにみられる神経活動が生じていることが分かり、歌をデコードすることができた。どのような構造の歌のシークエンスが脳の中で生成されているか(行動としては出力されていない)を調べることで、HVCと呼ばれる脳領域の機能を推測しており、前述した問題をこの条件下では解決しているという点で面白い。
Elmaleh, Margot, et al. "Sleep replay reveals premotor circuit structure for a skilled behavior." Neuron 109.23 (2021): 3851-3861.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2021.09.021
Results
雄のゼブラフィンチは2-7のシラブルと呼ばれる音の要素の繰り返しから構成される歌を歌う。前脳基底部HVCの前運動神経では、歌と対応する時間的に正確な神経活動シークエンスが観測される(図1A)。HVCの活動はRAという脳領域に送られた後、運動神経や筋肉の活動に変換されて歌を生成する(図1B)。HVCは興奮性と抑制性の神経からなる局所的な回路を持つだけでなく、歌を歌う際に視床核のUvaから直接の、そしてNlfを通した間接のフィードバック投射を受ける。HVCやUvaの切除は歌の生成を完全に消失させ、Uvaの切除でRAでの歌生成に関連する神経活動も消失する(図2)。
HVCの神経回路とそこへの入力がどのように歌の神経活動を生成するかについては3つの仮説があった(図1C-E)。分散モデルでは、Uvaからのフィードバックが歌のシークエンスの進行に必須とされ、HVC内の神経活動は~10 msしか連続しない(図1C)。サブネットワークモデルでは、HVCは100-200 ms持続するシラブルをエンコードする離散的なサブ回路から構成され、そのシラブルをつなげるのにフィードバック入力が必要である(図1D)。連続モデルでは、HVCは~1 sの歌を生成するのに十分な回路を内在しているとする(図1E)。
図3では、HVCやRAにおいて、歌う時に観察されたものと関連する神経活動が睡眠時に観察されることを示している(リプレイ)。睡眠時のリプレイとは、覚醒時に経験した情報が睡眠時に再生されているという概念で、記憶の固定化に重要な役割を果たしていると考えられている。(場所細胞が覚醒時に活性化した順序をなぞるように睡眠時に活性化するなど。)歌っているとき(図3A、B)と眠っているとき(図3C、D)のHVCとRAの神経活動を同時記録すると、歌っているときの神経活動パターンを再現するような神経活動が両方の脳領域で睡眠中に見られた。特にRAの神経活動を歌っているときの神経活動とアライメントすると、歌のフラグメントに対して高い精度でアラインメントできた(図3F)。
図5では、RAにおける睡眠時のリプレイは視床の切除後にもみられることが示されている。視床の切除後であっても、睡眠時のリプレイは歌っているときや切除前のリプレイ時のスパイク活動とアラインメントできる場合があった(図5C-F)。歌っている際のRA神経活動は、Uva切除後に正確な発火タイミングを失っているのにもかかわらず(図5H)、リプレイ時のタイミングの正確性は切除前と同様のレベルに保たれていた(図5G)。これにより、歌に関連する神経活動に視床からのその都度の入力が必要とする分散モデルは否定される。
図6では、視床切除後のRAにおける睡眠時のリプレイでは、シラブル間の遷移も見られることが示されている。 サブネットワークモデルではUva切除の後にシラブルの切れ目で神経活動が途切れることが(図6A)、連続モデルではシラブルの切れ目を乗り越えて神経活動が継続することが予測される(図6B)。実際の切除前後のリプレイを歌生成時の活動にアライメントした結果は、両方の場合でシラブルの境界を越えてリプレイが継続している場合が多いことを示している(図6C、D)。シラブルの境界を超える確率が切除前後で変化しないことも定量的に確かめられた(図6G)。これにより、シラブル間の遷移に視床からの入力が必要とするサブネットワークモデルが否定され、連続モデルが支持された。
Discussion
本研究では、HVCの局所回路が視床からのフィードバックなしに歌に関連するシークエンス活動を維持できるのに十分であることが示され、脳神経回路の機能を探るために行動と切り離された”オフライン”神経活動を用いる重要性を強調するものである。
しかし、なぜ視床の切除によって覚醒時の歌に関する神経活動は消失するのにもかかわらず、睡眠時のリプレイは消失しないのかは不思議である。睡眠時はフィードバックなしで動作する回路が、覚醒時はUva以外からの乱れたフィードバックにより動作しなくなるといったことがあるのだろうか?