一人暮らし
一人暮らしを始めたのは、18の時だ。
最初の部屋は、間借りみたいな形だった。2階の廊下のつきあたり。畳が3畳、板張りが1.5畳という変型四畳半。風呂無し、トイレ、流し共同。窓をあけると2m先には電車が走っているのが見えた。
わりと最低ランクの部屋だったとは思う。その辺りを配慮してだろう家賃は2万だった。そのころ、よく思っていたのは、尾崎豊のI LOVE YOUのカラオケ映像にぴったりだな、ということ。この部屋は落ち葉に埋もれた空き箱みたい、本当にそんな部屋だった。
この部屋のカギがしょぼくて、便所のとびらみたいにドアノブのまん中をプチっと押してしめるタイプだった。だから、出かける時はカギ穴にカギを入れて回してしめるのではなくて、ドアノブをプチっと押してカギをかけて出かけるわけです。
あれは、この部屋で暮らしだして、しばらくたった頃、いつものように歩いて5分の銭湯に出かけた。この、しけた一人暮らしの唯一の贅沢が広いお風呂だったから、足取りも軽く銭湯にむかった。帰りにコンビニで立ち読みして、ジュースを一本買って、なかなか、いい気分。てくてく歩いて部屋の前まで来て、僕はある重大な問題に直面していた。
カギがない。
部屋の中にカギを置き忘れたまま、カギをしめてしまったのだ。
時間は深夜12時を回っている。大家さんはとっくに寝ているだろう。そういえばこの前、カギしめる時には気をつけてね、毎年しめだされる人がいるのよー、と言っていたなー。あっはっはっと一緒に笑ったなー。あっはっはっ。いや、なんとかしなければ。
そういえば、洗濯のとき部屋の窓をあけて、カギをしめていなかった、ということに気がつくまで、30分ほどかかった。
2階の窓には、自分の自転車を持ってきてサドルの上に立てば、なんとかなりそうだ。
窓の端っこに手がかかった。このまま、よじのぼれば、やすらかに寝床につくことができるだろう。ほっとした、その時。
ガタンガタン、と音が聞こえる。
背中が明るい。
・・・電車が走っているのだ。
家の壁にへばりついて、部屋に侵入しようとしている男は、その後ろ姿を乗客にさらしている。
僕は、ふりかえることができなかった。
そして、この部屋を出ていくことを、かたく誓った。