人生は初回プレイ
私には人生で一度だけ、本当に時間が巻き戻って欲しいと願った日があります◎
それは人から見たらもしかしたらそんなに大きなことではなく、
死別とか、辞職に追い込まれるミスとか、そんなことではなく、
純粋にある人とのお別れでした。
何回も泣いて、なんであの日のあの時間に戻れないのか考えて止まらなくて。
今まで別れが悲しくて泣いたことはあっても、
後悔で泣いたことはほとんどありませんでした。
そして当たり前ですが、
「時間が戻る」なんて絶対起こらないことを学び、
できたらですが、今後同じ思いをすることがないといいなと思います。
ぽつん
みんな「自分の人生は一回目」。
失ってみて初めて「あ〜〜〜〜〜〜〜これ失敗だった。。。」って選択ミスに気づいたとき、後から自分の愚かさを知ることになります。
ミスなんてしたくないなと思いつつ、
でも最初からノーミスなんてスーパーマリオの世界ですらあり得なくて、
何回かミスしてコツを学ぶから「クリボーがここで出てくるから早めにジャンプ!」とかを学んでいくわけです。
そして、そこからクリアするから「楽しい」。
経験するほど強くなる
ただ、最初からノーミスはつまらないとか、
取り返しがつかなかったり限りがあるから人生は尊い、ってことは
本当に乗り越えて初めて言えることであって
(もしくは実際のダメージがそんなにないとき)
後悔の時間はとんでもない負荷だったりするわけです。
その瞬間は「失敗も財産だよ」とか言われたら
「うるせ〜〜〜〜〜〜〜〜っしぬ〜〜〜〜〜〜〜っ」って感じかもしれません笑
いっそこの痛みも感じなければいいのにと。
さて、先天的に体に痛みを感じない症状が、世の中にはあるそうです。
限界を超える、無敵のスーパーヒーロー!
かと思いきや、彼らには「気づかずに目をこすりすぎて失明する」「骨折しても動き回り、周りに気づいてもらう前に悪化し歩行不能になる」など、
痛みを感じる人々が「あっ!ちょいヤバいかも」と痛みから大きな危険を回避するような場面でそれができないため、大事に至ってしまうそうです。
痛みを感じないことは無敵でも、かっこいいことでもなく、単純に危険信号に気づけないということなんですね。
翻って、人生の「痛み」も、
何も感じない人はいずれ今以上の大事に至る可能性があります。
痛みを伴った学びから、人生を良い方向に動かしていくこと。
自分の未熟さを知り、理想に向かっていくこと。
人生がおもしろくなるかは、失敗と成功を繰り返しているかに尽きると予想しています。
ノーミス、平坦、クリボーの出てこない世界は、多分クリアしたとき面白くないです。
今日も自分の、あるいは誰かの「うるせ〜〜〜〜〜〜〜〜っしぬ〜〜〜〜〜〜〜っ」がきっとどこかで起こってますが、時間は戻らないし、後悔は先に立たないのが人生の味わい深さ。
人生の初回プレイ、踏みしめていきましょう。
本日もありがとうございます。