アークナイツ二次創作【ミヅキサイドストーリー】まとめ①
ロドスの医療施設。その待合室にはドクターが独りで座っていた。
ドッソレスで世話になった人物の健診が終わるのを、ドクターは待ち続ける。
周囲にはバタバタと慌ただしく走り回るオペレーターたちの姿。ドクターの存在を意識して体が強張る者もいれば、気にする余裕のない者もいる。
「……」
ドクターはアーミヤに任せた後始末と並行して、中に居る人物について考えていた。
診察、健診が始まって数時間、未だに終了の知らせは届かない。鉱石病を持っているオペレーターでも、ここまで長く時間をかけることはない。やはり、あの子は――――――
「……ドクター! ドクター!」
ドクターが思案をしている最中、診察室の中から一人の医療オペレーターが声をかけてきた。
「……?」
「お待たせしました! ミヅキさんの健診が今おわりましたよ!」
「……そうか、ありがとう。あの子に怪我とかは無かったか?」
「怪我もなにも、元気すぎてビックリなくらいです! それにケルシー先生も珍しく驚いていましたよ! ケルシー先生が目をちょっとだけですけど見開いて……、あまり見かけないので私も驚いちゃいました!」
「…………」
ドクターはゆっくりと立ち上がり、少しだけ深く呼吸をする。
長い時間の健診に加え、ケルシーが驚くこと……。
はぁ……。
あまり良い知らせではないと察したドクターは、小さくため息を吐いた。
「ドクター、その、中に入りますか?」
「……いや、あの子が無事ならそれで十分だ。ケルシーに『よろしく』と伝えておいてくれ」
「――――――その必要はないぞ、ドクター」
「あ、あわわ……」
冷たい無感情な声がドクターへと向けられ、医療オペレーターがあたふたと緊張しだす。
ロドスの最高管理者の一人であり、医療部門の総責任者――――――
「ケルシー」
「ここで待っていたくらいだ。急ぐ用事もないのだろう」
すべてを見透かしたかのような瞳が、ドクターを見つめる。
話したくないわけではない。ただ、彼女と話すには必ずと言っていいほど、多少の心構えが必要になる。
「……」
「彼の無事を悟ったのか。それとも、私と会話をしたくなかったか」
…………。
「……あの子に問題がなければそれでいい」
答えになっているような、なっていないような。曖昧な境界線の返答をする。
「『問題』か。丁度いい。そのことで話がしたかった」
「…………」
「察しているなら、問題は早めに解決した方がいいぞ、ドクター」
ケルシーの的確な回答に返す言葉もない。
「…………」
ドクターは無言で了解の合図を送り、隣で固まっている医療オペレーターに感謝の言葉を伝えた。
「では、私の部屋で彼の身体について話そう。アーミヤの方は大丈夫か?」
「ああ、アーミヤにはドッソレスの件を任せている」
「そうか。なら、話が終わったあとにでもアーミヤに伝えてほしい」
「……?」
「ミヅキをロドスのオペレーターにすることは出来ない、と」
「……」
ケルシーは言い終えると黙ったまま歩き出す。
ドクターもまた、ケルシーの後ろを黙ったままついていく。
嫌な予感と共に、ドクターはケルシーの部屋へと向かった。
――――――――――――――――――――――
ロドス医療施設、ケルシーの部屋――――――
「――――――以上がミヅキについての検査結果だ。ただ、一部の情報に関しては現段階で君には教えられない」
「……?」
「すまないが、これは君のためでもある。詮索は無用だ」
「……そうか、君がそう言うのならば、聞いた内容だけで十分だろう」
「理解が早くて助かる」
「……」
ドクターはミヅキのことをケルシーから聞き終わると、顎に手を添え考えをまとめていった。
ミヅキの出生、歩んできた人生、考え方……。その全てに関して、ミヅキという青年は、「歪」と言えばいいのだろうか。
とにかく、普通の人生とは呼べないものだ。
周囲のものを吸収しては、それを糧として、養分として自分の中へと取り込んでいく。才能と呼ぶにはあまりにも簡素な表現。
彼自身の元々の努力の甲斐もあってか、オペレーターとしての素質は十二分。
戦闘スキルに関しても、訓練を受けているオペレーターたちと同格、またはそれ以上の実力を有している。
「…………」
放置するにはあまりにも勿体ない逸材であり、引き入れるにはあまりにも巨大な力を持っている。
思考するドクターにケルシーは助言する。
「幸い、いや不幸中の幸いと言えばいいものか。彼の価値観は今現在、悪に対する意識が根強く存在している。本人にその気がなくても、無意識の内に悪を感じて排除しようとする傾向が強いようだな」
「……」
過酷な環境の中、自分の力で生き残ったからこその強さ。だが、それ故に自我の柱は不安定なまま……。
「ドクター、他人の人生を変えるには、それに伴う代償がかかることもある」
「…………」
まだ彼は成長を続けている。正義と悪を彼に語るつもりはない。ただ、彼を、彼の道をなるべく正しい方向へと導きたい。
これは傲慢であり、自分勝手な、大変身勝手な発想だ。しかし、もしも彼が悪事に加担すれば、被害は甚大なものになるだろう。
「先ほども伝えたように、彼をオペレーターとして正式に採用することはできない。君も最高責任者として、私と同じ意見で違いないはずだ」
「…………」
何もかもを平等に、先を見据える眼がドクターへと向けられる。ただ、ドクターの姿をその瞳に映すものの、その眼が本当にドクターを見ているかはケルシー以外には分からない。
「……分かっている」
「それならいい」
……けれど、ここで彼を荒廃した世界に放り出すことが、本当に平穏を目指すことに繋がるだろうか。
ロドスにとっても、彼にとっても、それは良い結果にはならない気がする。
「……」
「いくら考えても答えは変わらない。それとも、彼を一日中、君の監視下において管理をしてみるか? それが彼にとって最適だとでも?」
ケルシーの意見は正しい。
不安定な存在、不安分子をロドスに滞在させることは、他のオペレーターたちを危険に晒すということ。それに加えて、ミヅキを管理、監視することは、彼にとっては息苦しいものになるだろう……。
「君がすべてを背負うことはない。もし、彼がここを離れ数年が経過したときに、ここが襲われようとも、ロドスには彼に対処するだけの十分な力がある」
十分な力……。
力とは自らを守るための手段であり、相手を傷つけることになるもの。言葉が通じ合うのなら、こうして対話でどうにかできるのなら、それが一番平和な道筋のはず……。
話し合えるのに、争い合う必要はない。
それに、ミヅキの技能から察するに――――――
「ケルシー、ミヅキに対処した場合の被害はどの程度になると?」
「数名、いや最悪の場合であれば十数名が重傷、下手をすれば命を落とすだろう」
「オペレーターたちを死なせるわけにはいかない」
「ならばどうする。あんな繊細で不安定なものを、君ならばどう扱うつもりだ」
「……」
ケルシーは淡々とドクターに事実を突きつける。
感情を出さず、ただ最適な回答を続けるケルシーに、ドクターは最適な解を模索する。
「……」
「アーミヤも君を待っている。時間は限られているぞ」
「……」
「どうする」
オペレーターとしての採用は実現しない。かといって監視下、管理するというのは、彼にとって良いものではない…………ならば、どうする……。
「ドクター、回答を」
冷静な声が銃口のようにドクターへと向けられる。
「…………彼は、ミヅキは客人としてロドスに残ってもらう」
「本気か? 責任の所在はハッキリさせておくべきだが?」
「ああ、責任は負う」
「そうか」
ドクターの返答にケルシーは特段、驚きを見せなかった。まるでドクターがどういう結論を、結果を述べるかを知っていたかのように、彼女は不変を貫いている。
「そうか、なら彼の部屋を用意しなければ。それに滞在の手続きなどの書類関係は君がしてくれるんだろうな?」
ケルシーはすぐに今後の対応について話を進めていく。
「ああ、こちらで準備しよう」
「そうか」
ミヅキをロドスから離そうとするケルシーと、彼を残しておきたいという考え。
どちらかが正しいということはない。
考え方、組み立て方が少し違うだけで見えてくる答えが変化するというだけ。
だからこそ、ケルシーはドクターの意見を否定しなかった。
自分が正しいとは限らない。また、相手が正しいとも限らない。
深く考えた結果、その答えにたどり着いたのなら、その意見を最適解とする。
「ケルシー」
「なんだ」
「すまない」
「なにを謝る必要がある。君が決定したことならばそうすればいい。今回は私に君を否定しきるだけの確定された要素がなかっただけだ。君の意見にも一理ある。私の意見にもだ。だからこそ、最終の責任を負える者に彼を任せる。ただそれだけのことだ」
ケルシーは資料に目を通し終えると、先に部屋の扉へと向かった。
「彼には私から伝えておこう。アーミヤに会ったあと、彼に会いに来るといい」
「ああ、助かる」
「では、先に失礼するぞ」
「時間を取らせてすまなかった」
「別に気にしなくていい。これも私の仕事だからな」
部屋の扉がゆっくりと閉まり、ケルシーの部屋にドクターは独りきりてなった。
ドクターは機械の画面に表示される映像を見つめながら、張りつめた空気を緩めていく。
責任……。
ケルシーから言われるその言葉の重みは、数ヵ月……数年後先にまで見据えられている。
「……」
自然と漏れたため息とともに、ドクターは立ち上がる。
ケルシーと別れたあと、ドクターはアーミヤとの話を終えて、再び医療施設へと向かっていた。
「客人として迎え入れるとは言ったものの、今後の方針を決めなければ……」
アーミヤとの会話の間にも、ミヅキの対応について考えてはいたが……。
いくら考えても、ミヅキを正式に採用するのは難しい……。
ケルシーが言う「秘匿」の内容についても、最悪の状態を考えなければならない。
「………………」
コツ、コツ……と、廊下にドクターの足音だけが木霊する。
欠けたピースを探しても、手に入らない限りは完成しない。
「――――――あ、ドクターだ!」
物腰の柔らかい、子どものような声がドクターの耳に届く。
医療施設の入り口から走り寄ってくるのは、健診を終えたミヅキだった。
「ドクター、やっと会えたね」
純粋そうな見た目に反して、その周囲には得体の知れない何かを感じる。それがケルシーの言う不安要素の一つなのだろうか。
「色々とお世話してくれてありがとうね」
後ろ手に笑顔を向けるミヅキ。
「急にロドスまで来てもらってすまなかった」
「ううん、平気だよ。それよりもね、僕は今日からドクターの配下になるってケルシー先生が言ってたよ?」
配下……?
客人としてロドスに滞在させるはずだが……。
客人という扱いだと、「いざ」という時に動けないと考えてのことだろうか。
まぁ、ケルシーがそう伝えたのなら、その判断に合わせよう。
「ああ、君が良いのなら」
「えへへ、もちろん構わないよ。やることもほとんど無くなったところだったからね」
「……」
「これからよろしくね、ドクター」
ドクターは差し出された手を見つめた後、握手を交わす。
小さな手、その握りしめた手は冷たかった。
「困ったことがあったらなんでも言ってね。僕がドクターの力になるから」
「ああ、君のことは頼りにしている」
「えへへ、僕がんばるよ!」
言葉とともに手の力を緩める。ただ、離そうとした手を、ミヅキは掴み続けていた。
「ねぇ、ドクター」
「……?」
「自分で決めた選択には、ちゃんと責任をもつんだよね?」
向けられた笑みと優しい声とは裏腹に、その言葉の重みがドクターの耳に反響するように残る。
握られたままの手から、目には見えないものが少しずつ這いよって来るような気配がする。
束縛……責任……、心の奥底にあるのは、他者に安心感を求めているだけなのか。それとも、相手を試すだけの手段なのか。
「……君がここで快適に過ごせるように尽力しよう」
「うん、それなら僕はドクターが少しでも楽になれるように頑張るね」
交わした握手に、ドクターは一種の「契約」じみたものを感じた。
まっすぐ……、だがそれでいて歪んでるかもしれない彼を変えることができるだろうか。
いや、責任は負うと言ったのだ。今になって不安を抱くのは間違っている。
いかなる状況においても最善を尽くす。それだけだ。
こうして、ミヅキは非オペレーターではあるものの、ドクター直轄の立場となった。