アークナイツ二次創作【ミヅキサイドストーリー】まとめ⑥
――――――時刻18:59。
「はぁ……はぁ……こりゃ、遅刻かねぇ……」
「イーサン大丈夫?」
「まぁ……なんとか……。おめぇは思ったより体力あんだな……」
「えへへ、生きるために必要だったからね」
「そうかい……はぁ、ペンギン急便との待ち合わせの倉庫はあれだ」
イーサンの指差す方向には、薄い鉄板に囲われた一つの倉庫があった。
そして、これ以上走ったとしても、時間内に着くことは出来ない距離だということを悟る。
「ミヅキ、荷物は大丈夫か?」
「うん、ちゃんと持ってるよ」
「オーケー……」
イーサンは深いため息をした。いくら先輩という立場だとしても、ミヅキとの能力差は天と地ほどに広がっている。
もしも、ロストノアと二人きりだったなら、あの場から逃げられただろうか。
あの時にリーが来なければどうなっていただろうか。
そして、ドクターとリーダーから任せられた任務もこなせず、ミヅキやリーを頼ることになってしまった現状……。
――――――あぁ、いつまで経っても俺は不甲斐ねぇ……。
一連の流れを振り返りながら、間に合わない時間にイーサンは空を見上げた。
「イーサン、急がないと」
「……ああ、そうだな」
「――――おぉっ! ロドスの子たち発見!」
「お前はたしか、ペンギン急便のエクシア……?」「やっほー、あっ、ちょっと待っててねー…………あー、テキサス聞こえる? うん、ロドスの人たち居たよ。私の勝ちだね!」
にこやかに笑うエクシアの髪がサラサラと風に揺れる。
ラテラーノ人特有の頭上の光輪が、暗い空に映し出されるその姿に、ミヅキは少しばかり呆けていた。
「すごく綺麗……」
「ん……? 見慣れないけど、君は新人くんかな?」
「うん、名前はミヅキだよ」
「ミヅキくんだねー、褒めてくれてありがとー! でも、君も十分魅力的だよ!」
エクシアはウインクとともに、ミヅキへと親指を立ててグーサインを送る。
それにならい、ミヅキも同じ行動をくり返す。
「ふふっ、いいね! んじゃ、自己紹介も済んだことだし行こっか!」
――――――時刻19:03
ペンギン急便との待ち合わせ倉庫前。
「はい到着ー! 目の前に見えてたからすぐだったねねー!」
エクシアが倉庫入り口のシヤッターを押し上げていく。
ギィィ……と、耳障りな音が周囲に響いた。
「ただいまー、ロドスの子たち連れてきたよー!」「遅ぇよ、いま何時だと思ってんだ?」
「まーまー、私だってよく遅れるしいいんじゃなち?」
「お前はいいんだよ」
奥からぺたぺたと足音をたてる何かが、ぶつくさと言いながら近づいてくる。
「さてと……」
ペンギン急便のボスが三人を出迎えた。
「おい、ロドスはいつから約束を破るような奴を連れてくるようになった?」
「約束の時間を守れずすまねぇ……」
「でも、来る途中で襲われたんだ。仕方が――――」
「ミヅキ……」
イーサンの謝罪の言葉にミヅキが弁解しようとするが、イーサンはそれを遮った。
「あのなぁ坊主、襲われただの遅れただのってのは只の言い訳だ。遅れた分の時間はどう取り返すつもりだ?」
「それは……」
「…………」
ペンギン急便のボスに、返す言葉もないイーサンが視線を下に落としていく。
「ほら、もう約束の時間から五分も過ぎたぜ?」
「そんなに言うなら……それなら、僕が穴埋めするよ」
「へぇ、どうやって穴埋めするってんだ?」
「許してくれるなら、僕はなんでもするよ」
「ほう……なんでもねぇ……」
ボスが腕組みしながらミヅキの顔を見つめる。
ミヅキの瞳に迷いはない。なにを頼まれたとしてもやり遂げるという想いが窺える。
ただ、その瞳が本当に意味するものを、ボスが知るすべはないだろう。
「ならひとまず――――」
「待ってくれ、こいつに責任は取らせられない。責任は俺がとる。俺が取らなきゃなんねぇんだ」
「イーサン?」
「フンッ、まぁ俺としては金になるならどっちでも構わねぇ」
ボスがニヤリと不敵な笑みを見せる。
不穏な空気が漂う中、エクシアだけはやれやれと首を横に振り、ため息をこぼした。
「あーあーもう……ボス、その辺でやめなよ。ドクターからちゃんと話も聞いてるんだし、若い子をイジメるのは良くないよー?」
「エクシア、ビジネスに口出しするんじゃねぇ」
「ごめんねー、ボスも本当は心配して私たちを向かわせたんだけど、そういうの知られたくないみたいでさー。こいうのをツンデレっていうの?」
「うっ……ゴホッゴホッ……! エクシア! 余計なことを言うんじゃねえ!」
エクシアとボスのやり取りに、イーサンとミヅキが顔を見合わせる。
「「心配してた?」」
「同時に聞いてくんな……。あぁもういい……とりあえずブツをよこせ……」
ズレたサングラスを片手で直しつつ、ボスがミヅキへと手を差し出す。
「あ、うん!」
「ったく、世話のかかる奴ばっかり集まりやがって……」
「届けてくれてありがとう、だってさ!」
「エクシアァァアア!」
「イライラしたって仕方ないでしょ? それよりテキサスたちはまだかな?」
「さぁな……」
ボスが渡されたのは封筒。
開封した中身を見たボスが再び封筒を元の形に戻していく。
「とりあえずブツは受け取った。ほらよ」
「うん?」
ボスがミヅキへと差し出したのは、今まさにミヅキが渡したものだった。
「どうしてこれを僕に?」
「まぁ、あとで確認しな」
「「……???」」
イーサンとミヅキが首をかしげる。
任務として、荷物の受け渡しを頼まれた二人には、ボスの行動が理解できなかった。
「エクシア、ほかの奴らをすぐ呼んでこい。出かけるぞ」
「え、なになに? パーティでもするの?」
目を輝かせて問いかけるエクシアに、ボスは冷静に
「まぁ、そんなところだ」
と、小さく笑みを浮かべていた。
「それならすぐに呼んでくるよ!!」
「―――――よし、これで全員揃ったか。お前ら準備しな。ロドスに行くぞ」
「やったー!」
「なんやボスが嬉しそうなん珍しいなぁ」
「ボス、準備できた」
合流したペンギン急便のメンバーであるテキサスやソラ、クロワッサンが車へと乗りこんでいく。
運転席にテキサスが、助手席にはイーサンが座る。後ろにはミヅキ、ソラ、クロワッサン、エクシアがぎゅうぎゅうに詰めこまれていく。
ボスの座席は…………。
「おい、エクシア」
「ボスどしたの?」
「なんで俺がお前の膝の上なんだ?」
「だって狭いし、一番小さいじゃん。それにモフれるし〜」
「クロワッサンが運転してエクシアとテキサスが走ればいいだろうが! ボスを膝の上でよしよしする従業員がどこに居るってんだ!」
「ここに居るじゃん! それにボスが乗れって言ったじゃん!」
笑顔で撫で続けるエクシアの手を、ボスがパシッと跳ねのける。
だが……。
「むぅ〜……!」
「やめろっ! やめろって言ってんだろうが!」
「むむむぅ〜!」
撫でるのをやめようとしないエクシアとの攻防が始まろうとしていた。
パシッ……なでなパシッ……パシパシパシパシッ……。
「ケチ!」
「ボスを撫でようとするんじゃねぇ!」
「…………」
イーサンはロストノアとの出来事を思い出しつつ、緊張感のない空気に安堵し瞼を重たそうにしている。
「ボス、もう出発していいか?」
「待てテキサス! こいつが俺の言うことを聞くように――――」
「4人乗りに6人と1匹て……狭いし窮屈やからはよ行ってぇな……」
「テキサス、ゴーゴー! 飛ばしていこー!」
「きゃっ……」
狭い後部座席でエクシアがはしゃぎ、隣に乗っている3人がぐっと押される。ミヅキの隣に座っていたソラが小さな悲鳴とともにミヅキへと身体を寄せた。
「あ、ごめんねミヅキちゃん、狭くない?」
「ソラさんありがと、僕は大丈夫だよ」
「もうええ……うち残るわ……こんなんでロドス向かうん嫌や……狭いし暑苦しい……」
「クロ、全員出動だっつってんだろ!」
「ほなあらかじめ言っといてぇな……商売道具置きっぱなしやし……最悪や……」
クロワッサンが面倒くさそうにボスへの不満を口にする中、テキサスは淡々とした声で、
「出発する」
とアクセルを踏み出した。
イーサンはすでに小さな寝息をたてて俯いている。
「ミヅキちゃんの髪すごい綺麗だね」
「ソラさんの髪もすごく綺麗だよ、それにアイドルって感じがする」
「え、えへへ……一応これでもアイドルだからね」
「へー、ソラさんアイドルなんだ。あれ、そう言われるとどこかで見たことあるかも?」
ソラの顔を覗き込むように、ミヅキが見つめる。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた後部座席で、二人の顔の距離はかなり近いものとなっていた。
「あ、あの、ミヅキちゃん、そんなに顔が近いとさすがに女の子同士でも恥ずかしいかな……」
「ん? 僕は男だよ?」
「へ……?」
ミヅキの言葉にソラが硬直した。
――――――男? 男ってなんだっけ? この容姿で男の子……?
「うん? ソラさんどうしたの?」
「あ、え、あ……」
龍門でも有名なアイドルであるソラが車内で男と隣り合わせ。
ソラの心臓の音が急にドクドクと鳴りだす。
「え……ん……男の子……?」
「うん? ソラさん?」
―――――あれ、これってまずくない?
「ボ、ボボボボス! 私の隣に男の人が座ってるんですけどっ!?」
「あーボスもう寝ちゃってるよ?」
「エ、エクシアさん!? さっきまでの争いは……!?」
「なでなでバトルは私の勝ちっ!」
「そ、そんなぁ……」
ニコッと無邪気に笑うエクシアに、ソラの顔から血の色が消えていく。
「まぁ、そんなに気にしなくていいんじゃない? ミヅキ君可愛いし! 男の子に見えないって! 写真撮られても平気だって!」
「そ、そういう問題じゃ……できれば降りて席替え……」
「それなら、ソラさんの座る邪魔になっちゃってるし僕だけ降りるよ。ロドスに帰ればいいだけなら歩いていけるし――――」
「う、ううん! 降りなくていい! 降りなくていいよ!! 変なこと言ってごめんね!」
「降りなくていいの?」
「うん大丈夫! だから降りなくていいからね!」
「わかった!」
ミヅキの笑顔に、ソラがホッと胸を撫でおろす。
ソラはそのまま小さなため息を漏らして、狸寝入りをしているクロワッサンの肩に頭を預けた。
「……ん、なんやソラ、暑苦しいなぁ」
「クロちゃんごめん……許して……」
「まぁ……心情は察したるわ……」
「ありがと……」
車内はエクシアを除いて葬式のような空気が流れていく。
――――ロドス医療施設、ケルシーの部屋。
整頓されたデスクの上にはモニターが置かれ、ケルシーはそのデスクに軽く腰を触れた状態で立っていた。その視線の先には、入り口で立ち尽くすドクターの姿。
「さて、ドクター。私が呼んだ意味は言わなくとも理解出来ているだろうな。いや、理解出来ていないとは言ってくれるな」
「……ああ、大丈夫だ」
「よろしい。ならば、どうして彼を外に出したのか説明を求める」
「……挨拶回りに外に出ただけだ」
「…………」
ドクターの返答に対して、ケルシーは感情さえ表に見えないもののその瞳には苛立ちが窺える。
「君は本当に資料に目を通したのか?」
ケルシーは腕を組みながら、冷たい視線をドクターへと送り言葉を放った。
「ああ」
「ならば彼がロドスでどういう扱いなのかを言ってみろ」
「私の直属の部下、配下であり、ロドスの客人でもある」
「ああ、確かにどちらも正解だ。だが、もう一つ前提があるのを忘れていないか? 彼は医療部門の保護観察対象でもある。資料には文字通り目を通しただけなのか?」
ケルシーの瞳が、ドクターのマスクに隠された目を一点に見つめる。
刺されるような感覚にドクターは僅かに視線を逸らした。
「きちんと資料には目を通した」
「そうか、どうやら君に渡した資料には抜けがあったようだな。それは私のミスか、それとも誰かが抜き取ったか?」
「いや、抜けはない。君の観察対象であるということについても記載はあった。……彼の秘匿情報以外は完璧な資料だったよ」
「ふん、今日は随分と饒舌だな。そのまま口が動く間に私が納得しうるだけの説明をしてもらおうか」
「ああ、そのつもりだ」
ドクターの返しにケルシーが沈黙する。
ドクターをしばらく見つめたあと、
「ふん。まぁ立ち話もなんだ、ここに座るといい」
と、ケルシーが目の前にあったデスク用の椅子をそっと手で押していく。
差し出された椅子にドクターが座り、背丈の小さくなったドクターをケルシーは見下ろした。
ケルシーが手を伸ばせばドクターの頭に触れることが可能な距離で、ドクターはケルシーを見上げていた。
「私への相談も許可もなく、アーミヤにも手伝わせたそうだが、今回の任務にどんな意味があるのか説明してくれ」
「……彼は私の配下であり客人であり、君の保護観察の対象でもある。お互いにその認識で間違いはないだろうか」
「ああ、その通りだ」
「……。今回、イーサンと彼の安全確保のため、そして万が一のためにSharpとリーにも彼を見てもらっていた」
「……」
エリートオペレーターであるSharpとリーの名前が出た瞬間、空気が少し和らいだのをドクターは肌に感じた。
ケルシーにとっても、Sharpとリーは一目を置かざるをえない対象なのだろう。
「Sharpとリーか……少人数であれば最適とも言える、か……。それで、君は彼に、ミヅキにどんな任務を与えた?」
「招待状を渡しに」
「招待状だと?」
「ああ、ロドスに来た新しい客人を紹介するために」
「ふっ……」
ケルシーの乾いた呆れ笑いが漏れる。
「客人に招待状をわざわざ届けさせたのか。君が今回下した判断、その真意はどこにあるのか教えてもらおうか。危険を承知でその必要性がどこにある?」
「真意というほどのものじゃない……。ミヅキは何かに執着してしまう傾向がある。それは絡みつくように無意識に一つの対象を選び出すだろう。過去や現在、そしてこれからも……」
「…………、続きを」
「彼は私だけでなく、多くのオペレーターたちとの交友関係を築かなければならない。でなければ、彼はどこかで彼自身を見失ってしまう。そうなれば君が危惧する状況へと近づいてしまうのではないか?」
「…………」
ケルシーは鋭い眼差しをドクターに向けていた。
ドクターにとって、ケルシーとの会話は神経をすり減らすものに近い。だが、避けてはどうにもならないことも同時に理解している。
ケルシーとドクターの視線が重なる。
「ドクター、彼が重荷だと感じるか?」
「いや、私の考えは最初と変わらない」
「彼が脅威だと感じたことはあるか?」
「今はまだ」
「そうか」
ひと呼吸、ケルシーが間を空けて口を開く。
「ドクター、君は君なりに彼の対処法を探している。そう受け取っていいのか?」
「ああ、手探りだが私にできることをしているつもりだ」
「そうか」
ケルシーが顎に手を添える。思案中のケルシーに、ドクターは壁にかけられた時計を眺めた。
時刻は23:11を示している。
龍門から現在のロドスの座標までの距離を考えれば、針が重なり合う前後に彼らは到着できるだろう。
「ドクター」
「……?」
「夜遅くに呼び出してすまなかったな」
「いや、誤解を招く行為をしたのはこちらだ。気にしないでほしい」
「そうだな。確かに君の行動には幾つかのミスが存在している。だが……」
「……?」
ケルシーはもたれかかっていた机から腰を浮かせ離れる。座っているドクターとすれ違うように歩き出したケルシーの手が、そっとドクターの肩に触れた。
「彼のことをこれからも頼む」
「ああ、もちろんだ」
「さて、私は行く」
「ケルシー」
「なんだ」
「明日の昼食、一緒にどうだろうか」
ケルシーが足を止めて顔を半分だけドクターへと向ける。
「……考えておく」
「ありがとう」
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