アークナイツ二次創作【ミヅキサイドストーリー】まとめ終
――――――時刻1:24。
コツ、コツ……コツ……コツ……。
ドクターは自分の部屋を通り過ぎて別の場所へと向かっていく。
廊下を抜ければ、オペレーターたちが休憩に使っているカフェテリアが見えてくる。
しんと静まっているその場には、リーとロストノアが座っていた。
「おやおや、ドクター。こんな夜中に、こんなところで会うとは奇遇ですねぇ」
「……」
リーはドクターにわざとらしく話しかける。ただ、ドクターの目には、隣に座るロストノアだけが映っていた。
コータスの特徴である耳を見て、ドクターは龍門でのフロストノヴァの最期を思い返す。
「お前がドクターか……随分とひ弱そうなのが出てきたもんだな」
「…………君がロストノア……遅くなってすまない」
「おぉっと、おれには挨拶もなしですかい?」
「……リー、今回の件は……ありがとう」
「ふふっ、ドクターは素直で助かります。あの子たちも、ドクターくらい素直ならいいんですけどねぇ…………っと。今のは聞かなかったことにしてくださいよ。あいつらに聞かれたら数日はドヤされちまうんでね」
「考えておくよ」
「はぁ~、これはまた……弱みを握られてしまいましたねぇ」
「「…………」」
リーの剽軽な態度で場の空気が和むことはなく、ロストノアの睨むような視線がドクターへと向けられる。
「アーミヤという、フロストノヴァの最期を見届けた奴はどこにいる」
「アーミヤは寝ている。彼女に話をしたいなら、夜明け、起床後にしてもらいたい」
―――――ガンッ!!
「「……」」
静かな空気に、叩かれたテーブルの反響音が響いていく。
「今すぐ起こしてここに連れてこい!」
「……君は、大切な仲間が寝ている最中で、その安眠の邪魔ができるのか?」
ドクターが小さく言い返す。小さくも仲間を想うその言葉に、ロストノアは口を閉ざした。
脳裏に浮かんだ小さい頃の、フロストノヴァ――――エレーナの寝顔。
凛々しい中に残る幼さも……気高き意志も……届かぬ所へと消え去った……。守ろうと決めたものが失われた……。
「エレーナ……」
グッと拳を握りしめる音がドクターとリーの耳にまで届く。
「チッ……」
目覚めさせるというのは酷であると、ロストノアは理解し口を閉ざした。
「ロストノア、ドクターにしてやられましたねぇ」
「煩い……」
「ロストノア」
「なんだ、ひ弱な者」
「……フロストノヴァの最期を見届けた中には、私も居た」
ドクターの発言に空気がピリつき、リーが眉をぴくりと動かす。
「なに……?」
「レユニオンたちとの攻防の、私が見てきた全貌を君に話そう」
「……」
ドクターが同じテーブルの席へと腰をおろす。それと同時にリーが席を立ち歩く。
「二人で話したいこともあるでしょう。おれは離れておきますから、どうぞ遠慮なさらず」
「……助かるよ」
「おい、俺とこいつを二人きりにして無事で済むとでも思っているのか?」
「えぇ、ドクターなら大丈夫でしょう。それに……」
「それに……?」
リーが帽子に触りながら傾きを確認する。
「感謝するのはどちらになるのか……楽しみです」
「……?」
リーが二人から離れ、別の席へと腰を下ろした。
ロストノアが暴れれば、リーの位置から助太刀に入るのは難しいだろう。
「お前は怖くないのか?」
「恐怖は、時として必要になる……」
「ふんっ……変わり者だとは聞いていたが、とんだ間抜けが居たものだな」
ロストノアの悪態にリーは微笑み、ドクターはただ無言を貫いた。
「それで、話っていうのはなんだ」
「ロストノア……私を、私の話を信用しなくても構わない……ただ、彼女が最期まで仲間のために生き抜いたことを知ってほしい……」
「……」
ドクターはフロストノヴァとの戦いをロストノアへと話した。
出会った時のことも、龍門でのことも、彼女をロドスで弔ったことも……ロドスの犠牲者リストに彼女の名前を記載したことも…………。
「――――私の力不足で彼女を助けられなかった……私の非力さが彼女を殺した……」
「…………」
「彼女を……フロストノヴァを守れなかった……本当にすまない……」
「…………」
俯きながら謝るドクターに、ロストノアもまた俯いていた。
レユニオンのメンバーから聞いていた内容とは違う。自分で確かめるまでは、ロドスは悪であり敵でしかないと信じ込んでいたロストノア。
――――なんだ……どうしてこいつは敵のために悲しみ、敵である俺に謝罪をしている……。敵だったフロストノヴァをどうしてここまで……。
「……話は以上だ。私を恨んでもらって構わない……君に殺されても抵抗しない……。君の行動に関しては、誰も止められないように――――」
「黙れ……!!」
リーが反応するも、ドクターが片手で制止させる。
「……」
分からない……。どうしてこいつは自分の命を差し出すんだ……。俺には分からない……。
「――――ドク、ター……?」
「「……ッ!!」」
暗い廊下から現れたその声に二人が振り向く。
リーは横目にその姿を確認し、フッと口元を緩めている。
「……アーミヤ?」
アーミヤは目を擦りながらドクターがいる方を見つめる。離れた位置に座っているリーと、ドクターと同じテーブルに座る見知らぬ人物の姿。
寝起きでも、アーミヤの頭の中でその人物が誰なのかを導くのに、そう時間はかからなかった。
「あなたは……」
目つきのしっかりとしたアーミヤが、警戒しながら二人の元へと近づいていく。
「ロストノアさん、ですか?」
「……そうだと言ったら?」
「ッ……! ドクター! どうしてこんな危ない行動をしてるんですか!」
「彼は……彼には、フロストノヴァの最期を知ってほしかった」
「それなら明日、改めて私から伝えれば……こんな危険な真似はやめてください……!」
身構えるアーミヤに、ロストノアも臨戦態勢をとる。
リーはやれやれとため息一つをこぼしてドクターを見つめた。
そして、アーミヤとロストノアの間にドクターは立ちふさがった。
「ドクターなにを!」
「アーミヤ……彼女の遺体を引き取り、ロドスへ迎え入れたのは私だ……私なんだ……」
「それは……」
アーミヤが胸元を押さえる。
フロストノヴァを仲間として迎え入れようとした断たれた未来。その現実が、過去の映像が脳裏に蘇る。
「……アーミヤ」
「は、はい……」
「大丈夫だ、先におやすみ」
「それは……」
アーミヤが心配そうにドクターを見つめ続ける。
ロストノアはただその様子を観察していた。
「大丈夫……」
「……分かりました、ドクター……。えっと、ロストノアさん?」
決心のついたアーミヤが、ドクターの向こうに見えるロストノアに顔を見せる。
「なんだ」
「あの、フロストノヴァさんのことを、時間のある時で構いませんから教えていただけますか? あの人の昔の話を聞いてみたいです」
「……」
ロストノアの眉間にシワがよる。鋭く睨む瞳がアーミヤを突き刺す。
だが、アーミヤは狼狽えることなく、まっすぐロストノアと笑顔で見つめ合った。
「…………」
「ダメ、でしょうか……?」
「…………考えておく」
「ありがとうございます! えへへ、では皆さん早めに休んでくださいね」
手を振りながら去っていくアーミヤに、ドクターとリーだけが手を返す。
再びカフェテリアが静まり返っていく。
ロストノアは深いため息を吐き出した。
「……ロストノア」
「なんだ……」
「君もロドスへ来ないか?」
「何をバカなことを……俺はロドスを襲撃した張本人でお前の命を狙っていたんだぞ?」
リーとドクターは、ロストノアが発した言葉に確信を得た。
これ以上、彼はここで騒ぎを起こすことはしない。
アーミヤとの約束、そして「狙っていた」という過去形の言葉に、敵意が無いことが分かった。
「彼女が救った者を、これ以上失いたくはないんだ」「だが俺は……」
「アーミヤに、フロストノヴァのことを教えてくれるんだろう?」
「それは……」
「……フフッ…………おっと失礼。二人とも続けてくださいよ」
リーが静かに笑う。
ロストノアが怪訝そうな顔をリーへと向けるも、そこに殺意は無い。
「はぁ……俺は考えておくと言っただけだ……」
「なら、彼女に返事をしないといけない」
「っ……」
「今日はもう遅い……それに明日は食事会を開く予定なんだ。そこでアーミヤと話をしてあげてくれ」
「俺をここで休ませるつもりか? お前はバカなのか?」
「よく言われる……明日も多分だが、同じセリフを言われるだろう……」
ドクターがテーブルに手をつきながら身体を支えるように立ち上がる。
リーはいつの間にかドクターの傍へと歩み寄っていた。
「……っ」
「おっとドクター、大丈夫ですかい?」
「すまない……助かるよ」
「無理しちゃいけませんよ、ドクター」
ふらつき倒れそうになったドクターを、そっと優しく支えるリー。
「……」
ロストノアも少しだけ手を伸ばそうとした。だが、誰にも気付かれることなくそのまま手を元の位置へと戻す。
「ありがとう、リー」
「ロストノアのことは任せて、あとは休んでくださいな」
「ああ……今日は少し動き過ぎたようだ……。ロストノア、また明日……」
「ふんっ……ここに残るかどうかはまだ決めていない……」
「そうか……それは残念がるだろうな……」
「……ッ!」
リーに支えられていたドクターが一人で立ち尽くす。
「リー、彼が出ていく場合は……ロドスの連絡先を伝えておいてくれ」
「はいはい、分かりましたからお休みになってくださいよって」
「ああ、では先に失礼する……」
ゆっくりとした足取りでドクターが離れていく。
リーとロストノアがその背中を見つめ続ける。
「…………」
――――いつでも殺せる機会はあった。いつでも暴れられる機会はあった。ロドスを中から襲撃することもできた。
なのに、どうしてこんなにも穏やかなのだろうか……。
「……」
「どうですか、うちのドクターは」
「知るか……」
「フフッ、あなたは素直じゃないですねぇ~」
「お前は嫌いだ……」
「私は……ということは、ドクターとアーミヤ嬢のことは好きということで?」
「貴様という奴は……!」
ロストノアがイラついた表情と殺気をリーへと向ける。
だがそれでもリーは飄々とした態度のまま、ロストノアの正面へと座った。
「まぁまぁ、落ち着きましょうや」
「誰のせいだと思っ――――」
「ここは良い場所でしょう。ほとんどのオペレーターたちがね、誰かのために命を懸けているんですよ」
「……」
「おれ自身ね、良い生き方をしてきたとは言えませんがね。それでも……いや、だからこそと言うべきですか……。ドクターたちを見ていると放っておけないんですよねぇ」
「……」
リーはどこか遠くを見つめ、ロストノアはその顔を不思議そうに眺める。
「ここに居るのは善人ばかりじゃない。様々な生い立ちがある者が共に暮らしているんです。過去を悔いる者もいれば、未来を見据える者もいる……、自身の目的のためだけに滞在している者もいるくらいだ」
「なにが言いたい?」
リーがロストノアへ手を差し出す。
「あなたが望めば、ロドスはいつでも受け入れてくれるでしょうよ」
「俺は……」
「なぁに、じっくりと自分の目で見定めてみればいいじゃないですか」
「なに?」
「ロドスというこの大きな企業が、本当に感染者のために日々努力を積み重ねているのかをね」
不敵に笑うリーに、ロストノアは俯いた。
――――どうしてここまで敵を引き込もうとするのか。いや、その答えは明白だ……。そもそも、フロストノヴァという繋がりだけで、彼らは敵意を向けようとはしない。
ここで構えたのも、ドクターを守ろうとした時だけだった。
あのひ弱なドクターにどれほどの価値がある……?
「俺は……」
「さて、その言葉の続きはドクターかアーミヤ嬢にでも伝えてください。俺も眠いんで、今日はもう寝ましょうや」
「……」
リーは静かに立ち上がり、少しだけズレていた帽子を片手で直した。
歩き出すリーに、ロストノアも続いていく。
「さぁ、こっちです。俺もロドスでは客室で寝るんで案内しましょう」
「お前はロドスの一員じゃないのか?」
「どうでしょうねぇ、なにぶん探偵をやっていますから」
不敵に笑うリーに、ロストノアはまたイライラと眉をしかめる。
「……やはり、お前は嫌いだ」
「そうですかい? 気に入ってくれたかと思っていましたが?」
「どこでそう感じたのか、こっちが教えてほしいくらいだ……」
ロストノアの言葉に、リーは顎に手を添えて少しだけ悩んだ。
「良い性格をしてると思うんですがねぇ……」
そう呟くリーに、ロストノアは静かに、
「…………ふっ」
と小さな笑いを見せた。
――――次の日、開かれた食事会でミヅキとロストノアが一触即発になりかけたのは、言うまでもない。
――――後日談。
――――――ロドス医療施設、ケルシーの部屋にて。
デスクの前の椅子に座るケルシー。そのすぐ隣には立ち尽くすドクターがいた。
ドクターは両手をポケットに入れたまま、ケルシーが飲み物を口にし終えるのを待っている。
「はぁ……ドクター、君はどうして面倒ごとばかり持ち込むんだ?」
「……」
「確か、あの一件でミヅキの正体が誰かに知られていたらどうするつもりだ、という話まではしたな。当時、私が把握していたのもそこまでだった」
「……」
「龍門への出発に関しては、君の意見に賛同し私も納得した。だが、そこで起きたロストノアの件まで、君は想定していたのか? そこまで計算されていたと断言できるのか? ロストノアがミヅキの能力を引き出していたらどうするつもりだった?」
「……その点に関して、私は詳しく聞かされていないので分からない」
ドクターの言葉にケルシーはひと呼吸をおいて口を開く。
「ああ、そうだとも。だから私は彼をロドスで観察すると言ったのだ。君の行動がなにをもたらすか、もう一度よく考えるべきだ。食事会の前日に君はなにをしていた? ロドスを壊すかもしれない者を中に入れ、挙句の果てにはドクター、君自身を危険に晒したんだぞ。もし彼が君を殺していたらどうなっていたか想像ができるか?」
ケルシーはドクターを叱責し、ドクターもまたその言葉を黙って飲み込んでいた。
もし、ドクターがロストノアに殺されていたら……。オペレーターたちは気が気ではなかっただろう。
「……私の意志は、君やアーミヤが持っている。私は、私の出来ることをするまでだ、ケルシー」
「狭く暗い箱の中から君を助け出してくれたアーミヤに同じことを言えるのか? 面と向かって同じセリフを言えるのか?」
「…………」
「君にはなにが見えている?」
「……なにも見えてなんかいない。ただ、全ての者は平等であるべきだと……ただそれだけだ」
ケルシーは冷たい視線をドクターへと送る。
軽蔑、哀れみ……いや、感情というものはそこには無い。ただ先を見据えるだけの目がドクターを見つめている。
「……」
「――――であれば、偶然ではなく必然を求め続けろ、あらゆる角度から物事を思案して最悪の状況を過程しろ。そこから最善の手を探し尽くし繫ぎ合わせるんだ。そうでなければいつか本当に死んでしまうぞ、ドクター」
遠回しではあるものの、心配してくれているケルシーに、
「……ありがとう」
と、ドクターが感謝の意を伝える。
だが、ケルシーは特に気にすることもなく飲み物を口にした。そうして、ドクターから目を逸らしデスクに置いているモニターを眺めながら言葉を放つ。
「ドクター、なにを勘違いして感謝を述べているのか知らないが、ロドスの最高責任者として、代表として、今回の始末書はきっちり提出してもらうからな。君の思考したこと、オペレーターへ指示した内容と動機、流れと行動に至るまで、全てだ」
「それは……」
「狼狽えても無駄だ。アーミヤも心配していたんだ。これくらいしてもらわねば他のオペレーターたちにも示しがつかないだろう?」
「……分かった」
「理解したなら結構だ」
言い終えたケルシーの横顔、表情は柔らかかった。
冷徹な瞳に、少しばかりの優しさが垣間見える。
本心から怒っているわけではない。様々な感情を押し殺すのが得意な彼女が、時折り見せるこの微笑は珍しい。
「だからこそ…………ありがとう」
「感謝は不要だ。私は君の始末書を待っている」
「ああ、すぐにでも書き上げよう」
話を終えたドクターが踵を返し、医療施設の扉へと歩いていく。
「ドクター」
「……?」
「ロストノアのオペレーターとしての採用、その後処理も頼むぞ。君が引き入れたのだからな、アーミヤに頼ってくれるなよ」
「……、ああ」
ドクターが医療施設をあとにする。扉が閉まるまで、ケルシーはその背中を見続けていた。
「…………」
独りきりになった室内にて、ケルシーはもう一度飲み物を口にする。
「バカものめ……」
ケルシーの呟いた言葉は誰にも届かない。
「次は守れるよう、祈っているぞ、ドクター」
――――――――――――――――――終幕。