この箱は誰のもの
昨日は#芸術監督公開トークに呼んでいただき、KAATへ。
白井晃さん(世田谷パブリックシアター芸術監督)のお声がけによって集まった長塚圭史さん(KAAT神奈川芸術劇場)、小川絵梨子さん(新国立劇場)、近藤良平さん(彩の国さいたま芸術劇場)が、芸術監督同士話し合って考えを共有し合うトークイベント。
芸術監督第三回となる今回はKAATのホールにて、持ち回り制(?)のお題は長塚圭史さんから「創造の場としての公共劇場」。
普段は自らをGBA(芸術・文化・アドバイザー)などとGTA(グランドセフトオートの略称)みたいにふざけて呼んでいますが、今回は芸術監督と同義の役割としてわたくしめ(穂の国とよはし芸術劇場PLAT)も参加しました。
創作の場として、アーティスト育成の場として公共劇場にできることは何か。任期があり代替わりすることが決まっているなかで、芸術監督としてどんなことを試み、公共劇場の可能性を広げていけるか、あるいは継承していけるか、新陳代謝を促していけるか……。
俳優として、劇作家として、演出家としてではなくアドバイザーとして演劇の未来について思うとき、個人の悩みとは別の、演劇界全体へむける課題がたくさん見つかります。
みんな同じことを悩んでいるんだなあと分かち合えるだけでも嬉しいし、そんなアイディアがあるのかと気づいたり。お金の話など突っ込んだ内容も。これまでこんな風にざっくばらんにお話しする機会ってなかなかなかったのでとても貴重で。
なによりも、近ごろ演劇界のニュースに暗澹たる気持ちになることが多いなか、心から演劇の未来を考え、真剣に、本気で、明るい方へと模索する方たちのお話に触れられるのが嬉しかった。
自分自身のことを思えばアドバイザーとしていたらぬことは多けれど、できることはあるんじゃないか。
はげまされる。
KAATのホールは白井さん演出の「ペール・ギュント」で俳優として立たせてもらった以来で、一番最初にKAATの舞台に立ったのは圭史さん演出の「侵した者」。なんとなくそんな縁も感じて嬉しい会合。良平さんは「忘れてもらえないの歌」の振付でお会いしたのでした。
そう考えると小川さん以外は演者として繋がってた皆さんなので、あたしがやたら緊張したのも当然だよな!!
「創作の場としての公共劇場」という視点で考えたとき、PLATができることってなんだろう。首都圏周辺の劇場とは違い、地方の公共劇場であるPLATならではの創造・育成とは……この機会に改めて考えることができました。
PLATでは、地域の人たちとたくさん繋がっていきたい。
プロでもアマでもいい。誰でもプラッと遊びに来て、演劇をしたりダンスをしたり、そういう空気をなんだか面白そうだなと思った遠方の人も遊びに来てくれるような箱。
もしここでプロを目指したくなった人がいたら更に広い世界へ飛び出していっても良いし、社会人として働きながら芝居をしてもいい。
先月、KAKUTAの劇団員であり一般企業や医療職に勤める面々が豊橋のワークショップに参加しにきて。
今彼らは、社会人として生活しつつ、改めて演劇に燃えてるみたい。
プロの俳優として公演に参加することは難しくても、演劇はやりたい。
だって好きだから。面白いから。
「カラオケ行くみたいな感覚で演劇をしたって良いよね?」と言ったのを聞いて、そのとおりだと思った。
劇場は誰のもの?演劇は誰のもの?
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