第一章【アリス・シンドローム】②
だがしかし、繰り返す事で緩和され、その過ちに気づき、繰り返す事を辞められる生き物でもある。
ーセヴィアーノ・カルマン
朝目が覚めると、知らない場所にいた。
暖かな毛布の中で、ぽわぽわと目を擦りながら起きる。
見上げると薄紅の天蓋、横からは朝の木漏れ日がさしており、ここはまだ夢の中なのだと自覚した。
「まだ…ここにいられる…」
そう口にすると、ほんのりの嬉しさと温かさ、まだここに居ていいのだという、安心感。
そろりと、ベットから降りて軽く身支度を整え、部屋から出る。
鍵をかけていざ、昨日お会いしたメイドのお姉さんに会いに行こうと振り返ると、ふと誰かが向こうの通路を横切った。
綺麗な青色の髭と髪をなびかせながら歩くおじさんと、真っ白のショートカットの美人なお姉さんがゆったりエレベーターに乗って行った。
「ご夫婦さん、なのかな?
綺麗な人達だったなぁ…」
そんなことを考えながら、次に来たエレベーターに乗り、受付を目指した。
2節【黒のお客様】
エレベーターが1Fに到着するアナウンスが流れる。
起きたのが早すぎたのか、お客さんらしき人はおらず、従業員の人達がバタバタしていた。
改めて見渡してみると、やはり、お金をかけたのだろうなぁと思う調度品がよく見える。
「だァかァらァ!
アンタのその態度、どうにかなさいって言ってンのよ!」
「おやぁ?
今日は虫の居所が悪いんだなぁ?クリートル?」
「クリームとお呼びって何度言ったら分かるのよ!」
「まぁまぁ、元気がある事は宜しいことですぞ?
はっはっはっ!」
な、なんか、うるさ、じゃなくて、忙しそうだから、また後で来ようかな…。
そうしよう、ゆっくりエレベーターに戻ろう、そう思っていたらどうやら遅かったようだ。
「あら、おはようお嬢さん」
「ひぇっ……」
ぐりんと言う音が正しいのか、それとも一斉にこちらを向かれたことによる私の思い違いかは分からないが、すごい勢いでこちらを向かれて情けない声が出てしまった。
「お、おはようございます…
メイドのお姉さんにお話があって…あの…」
「これはこれは!失礼しましたぞ!」
にこやかな笑顔で道を開けてくれる、青い髭のおじさん。
「あら、お客様ネ?ドウゾ」
私のことを見ながら道を開けてくれる、長い棒?を持っている白髪のお姉さん。
「へぇ……?」
値踏みしているかのように私を見て、にんまりしている赤髪のお兄さん。
す、すんごい見られてる、そんなに珍しいのかな?
そうだよね、私みたいな小さい子がこんなホテルに居たら…。
「おブスな事考えてンじゃないわよネ?」
「えっ…」
「アンタ今、私なんて此処に居ていい訳ない…
みたいな顔したけど、そんな事ないから
そんなクソおブスな事考えるだけ無駄ヨ!」
「おブス…」
私、そんな変な顔してたかな?
そんなことを思ってたらメイドのお姉さんが、私の肩に手を置いてにこやかに言った。
「子供の前でそんな言葉遣いしないでくださいねぇ?クリームさん?」
笑顔なんだけど、笑ってない気がした、ちょっと怖い。
「はぁ?子供?誰が?」
赤髪のお兄さんが言う、目の前にいますけども…。
「目の前にいるでしょう?」
メイドのお姉さんがそう言うと、赤髪のお兄さんはちょっと驚いた顔して、次の瞬間には悪い顔になってた。
「へぇ?ということはこの美人さんが"黒のお客様"ってことか?」
「ハンスル殿、口を慎まれよ」
「おっと、失礼しました、シャルル殿下」
軽い叱責を上手くかわして、綺麗にお辞儀をするお兄さん。
「"黒のお客様"って昨日も聞いたけど、あたしの事、だよね…」
「………えぇ」
メイドのお姉さんが困った顔をして、ソファの方に案内しながら頷いてくれた。
「それをこれから貴方に説明しなくては行けないの…いいかしらぁ…」
「……なんの事かは分からないけど、いいよ」
聞かなくてはいけない、そう思った。
これは今後、絶対大切になってくる、帰るために、元に戻るために。
…なんで?戻るの?なんで帰るの?そんな疑問が出てきたけど、今は話を聞かなきゃ。
いつの間にか紅茶とクッキーを用意してくれたんだけど、食べる気にもならなかったので、紅茶だけちびちび飲む。
ゆっくり、メイドのお姉さんが話始めた。
「私達にはねぇ?
貴方は真っ黒な絵の具で塗りたくられた人が歩いているように見えるのよぉ」
話をまとめると、今のあたしは大人の女性で真っ黒い絵の具で塗れた人に見えるらしい。
ただ唯一、手が見えるそうだ、結婚指輪をしている手が、自分の手を見ても指輪なんて付けてないし、小さな手が見えるだけである。
あたしが本当に大人だと言うのなら、結婚しているというのなら、"ここにいつまでも居てはいけない"という気持ちと"ここに居れば怖い思いをしなくてすむ"という気持ちがあり、頭を傾げる。
「思うところはあると思うし、疑問や困惑すると思うわぁ
でも、これだけは分かって欲しいのぉ」
ゆっくりと手を握られて、暖かく感じる。
「私達は貴方を此処に閉じ込めて置きたいわけじゃないわぁ
私達は、此処に来た人達を癒す為にいるのぉ」
「癒す……?」
「そうよォ?
アタシは着飾ってあげることが出来るワ」
白髪の美人なお姉さんが胸に手を置いて言う。
「俺は、ァ〜…楽しい事を教えれる…かな?」
赤髪のお兄さんが頬を掻きながら言う。
「私としましては…そうですなぁ…
お話し相手ならば!」
青髭のおじさんが笑顔で言う。
「私は、身の回りの世話や良い眠りをあげられますよぉ」
メイドのお姉さんが微笑んで言う。
どうして、嬉しい、優しい、暖かい、色々な気持ちが渦巻く。
本当の自分がみんなが見ている見た目と違う、大人のあたしはどんな人なのか分からないのに。
「……ありがとう」
それしか言えなかったけど、ここに居る皆は微笑んでくれた。
その後白髪のお姉さん、クリームさんのお店で服やアクセサリーを選んで、ご飯をお部屋で食べて、フロントでゆっくりすることにした。
遊んできていいのよ?とも言われたけど、ここに来る人々を見ていたかった。
どうしてかは、分からない、分からないけど、忙しそうに動き回るメイドさん達、ここに泊まりに来たぼやけて顔が分からない人達。
偶に外から聞こえる爆発音、気になって行こうとしら、止められた。
此処は、本当に安全で、本当に大切な場所なんだと、理解ができる。
でも、此処は私の場所じゃない、あの子の所へ帰らなきゃ
「今…あたし…
あの子って?
あの子は、わたくしの…」
思い出せず顔を伏せた。
早く思い出して、帰らなきゃと思いながら、帰りたくないと思いながら。
顔を上げると小さな女の子が横切った。
綺麗な白いフワフワのワンピースに、綺麗なブロンドの髪、そんな小さな女の子が転んだ。
ポニーテールのメイドさんが気づいて抱き起すけど、凄い泣いてる。
泣き止ませようとするけど、メイドさんの顔が怖くて、余計泣く。
「どうすれば…
あぁ、泣かないでください…
お母様は、えっと…」
おろおろしているのに、女の子の不安が煽られ、泣き止む様子はない。
あぁ、あのまま放置はいけない。
そう思ったら、体が勝手に動いた。
「何を泣いているの?
こちらにいらっしゃい…」
小さな■■■を抱きしめる。
「転んでしまったのね?
痛かったわね」
■■■の服の土を払ってやる。
怪我はしてない様で安心した。
「さぁ、綺麗になった、もう痛くはないわね?
泣き止みなさいな、皆が見ているのは泣く貴方の瞳が綺麗な宝石に見えるからよ?」
■■■の涙を拭ってやる。
その美しい”彼”と同じ緑の瞳を見つめる。
「濡れているのは美しいのだけれど、そのおめめがころりと、
落ちてしまうかもしれないわよ?
困るでしょう?」
■■■がそんなことないわ!でも、お母さまが見れなくなるのは嫌だから泣き止んだわ!と微笑む。
「偉いわね、お母様の為にありがとう、良い子ね」
「縺ゅj縺後→縺?シ√♀蟋峨&繧難シ」
ハッと気がつくと、小さな女の子は綺麗なカーテシーをして、母親の元へと走って行った。
あたしは…わたくしは、今誰を重ねたの?
「お客様ありがとうございました
おかげで…お客様?お客様?!」
そんなに叫ばなくても聞こえてるわ。
返事を返そうとしても、声が出ない、動けない。
ぐらりと傾き、わたくしは倒れた。
あぁ、青草の香りがする…
-To Be Continued.
ホルマリンに漬けられた緑の瞳
少し小ぶりのエメラルドグリーンアイ。
綺麗な状態で美しいままその形を保っている。
これが魔女の娘の瞳だと知らずに。