第一章【アリス・シンドローム】①
人とは、知っていながら同じ事を繰り返す生き物である。
—セヴィアーノ・カルマン
ごめんなさい、ごめんなさい…
もうしないから、許してください…
いい子になるから…
言うこと聞くから、だから…
今日も押し入れの中、お腹すいたな。
最近、何を食べてもお腹がすく、何でだろう。
そんな事を思いながら、いつも通り息を殺して、うずくまり目を瞑る。
今日は出してくれるの早いかな?そうだといいなと思いながら。
「……さん、……嬢さん」
誰かが呼んでいる、あたしの事かな?と顔を上げるとそこは、とても綺麗なお屋敷の前だった。
まわりに驚いていると、目の前の男の人も驚いている。
「……だ、れ?ここ、どこ?」
「申し訳ございません、お嬢さん
ホテルの前に苦しそうにうずくまっているものですから、ついつい声をかけてしまいました
怪しい者ではございません、ご安心ください」
そう微笑む、片足が機械のおじさん。
「ここはどこですか?
お外に出ちゃダメって言われたから、おうちに帰らなきゃ
またおこられちゃう…」
「さようでございますか
婦人、御自分で御帰りになれますか?」
おじさんが指さす方向を見ると、濃い霧が見える。
おまけにとても暗い、いつの間にか夜だった。
弱弱しく首を横に振ると、おじさんは微笑んで手を差し伸べてくれた。
「では、御帰りになれるまで、当ホテルに御宿泊はいかがでしょうか?
帰り道がわかるまで、ゆっくりと」
それもいいと思った。
帰っても殴られるか、こき使われるだけだから。
だから、その手を取った。
「畏まりました、では参りましょうお嬢さん
ホテル・カルアーノへ」
1節【ようこそ、ホテル・カルアーノへ】
連れてきてくれたおじさんはソルバットさんと言うのだそうだ。
ドアを開けながら、自己紹介をしてくれた。
中に入ると、外観でも思ったがとてつもなく綺麗だった。
高そうなソファ、着飾った人達、ぴしっとした制服を着た従業員。
まるで、物語のお城に居るような気がしてきょろきょろしていると、クスリと笑われた。
ソルバットさんの方をバッと見ると、口元に手を持っていて微笑んでいた。
「あぁ、申し訳ありません
御可愛らしい御姿を見ましたので、つい…」
「……そういえば、ふじんってなに?」
不機嫌に言いながら睨んだら、ちょっと困り顔された。
「貴方様の事でございますよ、御婦人」
「ごふじんっていう名前じゃないもん」
「いえ、そういうわけではなく…
御婦人とは、結婚なされている妙齢の女性の事を言います」
「みょうれい…?」
「大人のと言う事でございます」
「ならあたしに言うのはおかしいよ?
だってあたし、やっと3年になったんだもん」
「3年…学生でございますか?」
「なんで?
どこからどう見ても小姓でしょ?」
「…そうでございましたか
それは失礼しました」
そんなことをしていると、後ろから人の声がした。
「ソルバットさん、そちらのご婦人はお客様ですか?」
後ろを振り返ると、髪の長いお兄さんがたっていた。
「支配人
はい、その通りでございます」
「では、後はお任せください」
「その前に、お伝えしたい事がございます」
支配人さんに何か耳打ちた後。
「では宜しくお願い致します
お嬢さん、良いご滞在を」
そう言ってドアの方へ戻っていく。
引き留めようとしたら、やんわりと手を握られ、止められた。
そちらを向くと、綺麗なメイドさんがいた。
「ソルバットさんは、ドアマンなんですよぉ
お仕事に戻っただけですよぉ」
「……そうなの?」
「そうですよぉ」
ふわふわしてるメイドさんだ。
「コホンッ…では、御手続きをしましょう、こちらへ」
支配人さんに案内されて受付にきた。
でもどうしよう、あれよあれよと連れてきてもらったけど、あたしお金持ってない。
準備してるみたいだし、お話だけ聞こう。
「それでは、ご説明をさせていただきます」
「おねがいします」
「まず、当ホテルは”来るべくしてきて、帰るべくしてかえる”場所です」
「来るべくしてきて、帰るべくしてかえる…?」
「はい
つまりは、ちゃんと帰れますよ」
「そうなんだ」
ちょっと安心した。
…安心?どうして?だって帰りたくないからソルバットさんの手を取ったのに?
「そして当ホテルは、お代金は一切受け取りません」
「お金払わなくていいの?!
こんなにきれいな場所なのに?!」
「はい、心ゆくまで、ご滞在なさってください」
そんなことがあるの?おとぎ話の中の事じゃなくて?と困惑したが、ふと、夢見てるのかな?と思ったら、ストンと落ち着いた。
夢か…夢なら好きにしていいよねだって夢だもん!そう自己解決する中、説明が続いていく。
「当ホテルの注意事項は、従業員・ご滞在しているお客様に、わいせつ行為、殺人、違法薬物使用・所持、窃盗、暴力以外の禁止事項はございません」
「???
そんなのあたりまえじゃん」
「そうですね、当たり前のことです」
「それ以外って、例えば物壊しちゃったとかは?」
「器物破損での罰金はありません
物はいつか壊れるもの、後か先かだけです
当ホテルの禁止事項以外のことでしたら、何をしても構いません
ここに来るお客様は皆様、【神様】でございますから
お客様のように、何も持たず、身一つでいらっしゃるお客様もいらっしゃいます」
「そうなんだ…
でも着替えどうしよう…」
「ご安心ください
その場合はお部屋にご案内する際に下の階にありますブティックにて、お召し物等を見ていただいた後、ご案内いたします
そのブティックでもお代金は頂きません」
「かしてくれるの?」
「貸し出し物ではないですよ
ちゃんと売り物です」
「でもお金は……」
「要りませんね」
「……変なの」
「そういうルールですので」
変なルール。
此処潰れたりしないのかな?
「では、こちら当ホテルの地図になります」
そう言って、パンフレットサイズの地図をくれた。
「地図にありますように、5Fから上の階はすべて客室になります」
「5F…
5F?!待って、そんなにあるの?!
外の見た目と全然違うじゃん!」
「そうですか?」
ケロリとした顔で”当たり前ですが?”みたいな顔で言われた。
もう深く考えるの、やめよう…。
「他にご質問はありますか?
無い様でしたら、ブティックにご案内しますが?」
「ヨリンゲル?
流石に今日中は無理じゃないかしらぁ
結構遅い時間よぉ?」
「確かに、お客様の体力的にあまり宜しくないね
ありがとう、ヨリンデ」
支配人さんの口調がとけた。
なんか、仲良しさんなのかな?
「では、お部屋の鍵をお渡ししますね」
「あ、戻った」
「はい?」
「うぅん、何でもないよ」
「さようですか……」
なんか変な顔された…。
「それから、各階、各お部屋、全て完全防音となっております
お隣や上、下からは一切音が入ってこない仕様となっておりますし、巡回の警備員も在中しておりますので、ご安心ください」
「何も聞こえないなら、何かあったら来れないじゃん」
「お部屋には、電話がありますので、ご用命の番号にダイヤルしてください」
「ダイヤルって?ボタンじゃないの?」
「こういうのです」
そう言って、スッと支配人が少し横に動く。
そこには、キラキラの金装飾が施されているアンティークなダイヤル式電話がちょこんと、置いてあった。
メイドさんは受話器を取り、ダイヤルをくるりと回し、何処かに電話をし始めた。
「おばあちゃんちの納屋にあったやつだ!」
「お、おば……
そ、そんなに古いものになっしまったのですか…
時の流れは悲しいですね…」
「ねぇ?ちょっといいかしらぁ?
お部屋にご飯が届くようにしたから、今日は備え付けのお風呂に入ってご飯食べて寝ちゃいなさいなぁ」
「ありがとう、メイドのお姉ちゃん」
「うふふ、どういたしましてぇ」
「では、お部屋の鍵です」
渡されたカギは”5‐012”で赤い王冠の鍵だった。
可愛らしくてそして、ちょっと暖かくて、無くさないようにしっかり握りしめた。
その温かさに、不安がよぎる。
「もしね…
もし、あたしが殴られたら聞こえないんじゃないの?」
「といいますと?」
「もしあたしが殴られて殺されそうになったら…
電話できなかったら、あたしs「いいえ」
メイドさんが言う。
「いいえ、いいえいいえ、聞こえますとも
”私達”には聞こえますとも、バッチリと、何処にいても、何をしても…」
支配人が言う。
「”人を殺す”という事は”自分自らも殺す”ということですから」
温度が下がった。
今、あたしの目の前にいるのは誰?
何か、得体のしれない、”ナニカ”?
息が、しずらい…目を、そらしてはいけない…………。
すると、一瞬にして目が覆われ、暗くなり、バンッと何か叩き付ける音と背後から声がする。
「オィ、ヨリンゲル、ヨリンデ、久しぶりの黒のお嬢さんだからって過敏にすんじゃねぇよ、トラウマになるだろうが」
ソルバットさんの声が聞こえる、でも本当に、ソルバットさん?口調が違うような。
ズルリと音がして、パタパタと慌てる音が聞こえると、覆われていた手が離れた。
「申し訳ございません、お嬢さん
ゆっくりと、深呼吸を下くださいませ
……大丈夫でございますか?」
言われた通り深呼吸をしながら、周りを見渡す。
少しヨレてるメイドさんと支配人さんが、身支度もせず慌てながらあたしの方を見てる。
「………大丈夫
ちょっとびっくりしたけど」
「申し訳ありませんでした…
私共もお客様を驚かせるつもりはなく…」
「大丈夫だよ
ソルバットさんもありがとう」
「どういたしまして、何かございましたらお呼びくださいね」
「わかった」
本当ちょっと怖かったし、聞きたいことはあったけど、いけない気がして聞けなかった。
「それで、ご質問の回答の続きですが、禁止事項を守らないお客様には、それ相応の対応をさせていただいております
決して、他のお客様にはご迷惑はお掛け致しませんので、ご安心ください」
「お部屋へは私がご案内いたしましょう
お手をどうぞ」
ソルバットさんの手を取ってエレベーターに向かい、部屋に入った。
疲れていたのか、ドッと体が重たくなった。
部屋には簡単な軽食があったので、食べてお風呂に入った。
初めてだった、こんなにも美味しいご飯や温かいお風呂が、さっきの出来事の恐怖心もすっかり無くなり、夢見心地で寝たのであった。
これが夢じゃないといいのになぁ…
-To Be Continued.
赤い王冠の鍵
5‐012のお客様に渡された赤一色の部屋の鍵。
凝ったバラの装飾が綺麗で握りしめるとほんのり暖かい。
無くしてはいけない、だって、この冠に相応しいのだから。