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ギムレットには、まだ早すぎる|ロング・グッドバイとクラシック・ギムレット
ハードボイルド小説【ロング・グッドバイ】(原題:The Long Goodbye)は、1953年に刊行された、アメリカの作家レイモンド・チャンドラーの代表作である。
私立探偵フィリップ・マーローを主人公とするシリーズの第6作目にあたり、数多くの日本語訳が出版されている。
その中に出てくるジン・ベースのカクテル【ギムレット】
物語も終盤になり、死んだはずのテリー・レノックスが呟く
『ギムレットには、まだ早すぎる』
の名台詞のお陰で、一躍脚光を浴びるようになり、巷のバーでギムレットが飲まれるようになったと聞いている。
私が生まれた頃の話なので、当時の様子は想像するしか術がないのだが、それから20年後、私が飲み始めた頃のバーの様子から察しても、少し誇張されていると思う。
それでも、80年代に入ったころのバーで、ギムレットを片手に、件の台詞を語っていた年配の方たちがいらっしゃった記憶が残っている。
しかし、件の台詞に対する当時の解釈は
『こんな強いカクテルは、お前みたいな若造には早すぎる』
といった類のものだった。
それは今でも受け継がれているようで、同じような意味合いでギムレットを語られる方に出くわすことがある。
現行の標準的なレシピである
|ジン|フレッシュ・ライム|シロップ|
で作ると、ジンの風味と強い酸味のせいで、非常にドライで男くさい飲み口に仕上がるので、それも納得できる。
しかし、作品の中で語られているレシピ
本当のギムレットはジンとローズのライムジュースを半分ずつ、他には何も入れないんだ。
で作ると、甘さと酸味のバランスが取れた、非常に飲みやすい口当たりに仕上がるのだ。
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このレシピは、カクテルブックの原典とも言われている【サヴォイ・カクテルブック】に【クラシック・ギムレット】として、以下のように掲載されている。
|バローズ・プリマス・ジン|ローズ・ライムジュース・コーデュアル|
まろやかな風味が特徴でもあるプリマス社のジンと、ローズ社製の甘さを加えたライムジュースで作る【クラシック・ギムレット】は、甘くて優しい飲み口に仕上がる。
作品を読めばわかることなのだが、テリーは探偵のマーローともっと話したくて件の台詞を語っている。
甘くて優しい【ギムレット】は "いち日を〆るための一杯" なので、まだまだ話し足りないテリーとしては ”まだ早すぎる” ということなのだ。
クラシック・ギムレットを飲んでいると、色々あった一日の終わりを味わった気分になってくる。
物語も終盤になり、死んだと思われたテリーに、このセルフを言わせるレイモンド・チャンドラーのセンスには脱帽するしかない。