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第01話ジントニック

男が夜の繁華街を歩いていると、見慣れない看板が目についた。
「新しい店できてる…お酒と音楽の店か」
看板には「barジャンゴ お酒と音楽の店」と書いてあった。
「ジャズバーがあった場所だと思うけど、店名ってジャンゴだったっけ?」
男は記憶を探るが思い出せない。行きたかった店が休みで、飲まずに帰るのもつまらないと考えていたので、新しく見つけた店に入ってみることにした。
「SNSをちゃんとやってるみたいだし、WEBの口コミを見ても変な店じゃなさそうだけど…中が見えない店に入るのってドキドキするな…」

カランカラン…

バーの扉を開けると、薄暗い店内にたくさんのCDとレコードが見えた。
「いらっしゃいませ。カウンター奥の方にどうぞ。」
店主と思われる男性に声をかけられ、奥の方へ通された。席についてあたりを見渡すと壁や天井にレコードが飾られているのが見えた。
「こちらには初めてですか?」
物珍しそうにしていたので、初めてだと思われたようだ。
「はい。看板が変わっているのに気づいて、なんとなく入ってみました。」
「そうですか。ありがとうございます。ジャズバーが5月末で閉まって、店を引き継ぐ形で私が8月から始めたんですよ。」
「そうなんですね。」
「店名を英語表記のdjangoから、カタカナ表記のジャンゴに変えたこと以外は、内装もそのままです。」
「店内いい雰囲気ですね。」
「ありがとうございます。こちらメニューです。載っていないものでも気軽に仰ってください。」
男が開くと『カクテル すっきり ¥900〜』と書いてあった。
「好みの味を言ってくれたら、カクテルお作りしますよ。」
「へぇ~面白い。カクテル名が書いてあるんじゃないんですね。じゃあこの、すっきりっていうのでいいですか?」
「かしこまりました。ジントニックはいかがですか?」
ジントニックと聞き、男は居酒屋で飲むジントニックを想像し心惹かれなかったが、断るのも悪いと思い頼んでみることにした。
「じゃあ、それで」
「かしこまりました」
店主が落ち着いたら手つきでカクテルを作り始めた。
上司に連れられてバーへ来たことはあるが、1人でバーに来たのは初めてだったので、男の目にはカクテルを作る姿が新鮮に映った。
「お待たせしました。ジントニックでございます」
グラスを持ち、口に近づけると微かなライムの香りが漂ってきた。緊張もあってのどが渇いていた男は、ぐびっと勢い良くジントニックを飲んだ。
「美味しい!居酒屋とかカラオケで飲むジントニックとは違いますね」
「ありがとうございます。やはり作る材料や作り方が違うので、美味しいと思っていただければ嬉しいです。」
「正直、びっくりしました。」
「最近はジンも人気で、居酒屋さんでも力を入れている店がありますし、バーでも店によってレシピが違うので、自分好みのジントニックを探すのにも楽しいですよ」
「楽しい。ですか、そんな考え方はしたことなかったです。」
「美味しいお酒を飲むのはもちろんですけど、バーの楽しみ方っていうのは色々ありますから。自分なりの楽しみ方を見つけてください。」
「そうですね…趣味にするのも面白そうです。ちなみにマナー違反だったら申し訳ないのですが、他のお店を紹介してもらったりってできます?他のジントニックも飲んでみたくて」
「もちろんです。バーは意外と横の繋がりもあって、お店同士が紹介し合ったりするので、是非他のお店にも行ってみてください。この近くだとですね…」
それから、2店舗ほど別のバーを紹介してもらった。
「ありがとうございます。他のお店にも行ってみますが、こちらにもまた来ます」
「はい、お待ちしております。」
店を後にする男の足取りは、いつもより軽かった。
「ジントニック。美味しかったな。なんというか満足度高かった。結局2杯飲んじゃったし。」
男は、自分が飲んだジントニックの味を思い出していた。
「あれ、2杯目に飲んだジントニック、なんていうジンを使ったって言ってたっけ…しまった忘れた。」
軽かった足取りが重くなった。
「まぁ…また飲みに行く口実ができたと思えばいいか。別に覚えるのが目的じゃないし、楽しめればいいんだし、忘れたからまた飲ませてって言えば、あのマスターなら笑いながら作ってくれそう」
気さくで優しいマスターの顔が頭に浮かんだ。
「なんかめちゃくちゃ前向きな考え方するようになったな…これもバー効果?すごっ…」
ニヤける顔を押さえながら、男は家路についた。

第01話ジントニック…完

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