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サーブとボルボ 『雨の日には車をみがいて』五木寛之著 2020.5.4

シムカ1000、アルファロメオ・ジュリエッタ・スパイダー、シトローエン2CV、ジャグヮーXJ6、ポルシェ911S、そしてボルボ122Sアマゾンとサーブ96S、この9台のクルマと「ぼく」の思い出。それに、ちょっとしたラブ・アフェア、時代スケッチを加えた五木寛之の連作小説です。

五木さんはあとがきで、「ぼくはこの本におさめた物語を、じつに楽しみながら書いた。おそらくぼくがこれまでに書いたどの小説よりも楽しめたと思う」と書いています。そんな書き手の楽しそうな気分が伝わってきます。

9台のクルマはもちろんすべて「外車」ですが、高嶺の花ばかりではありません。例えば「たそがれ色のシムカ」のシムカ1000は、放送作家でCMライターの「ぼく」がはじめて買った36万円のオンボロ。彼はこのクルマで、そのころ付き合っていたシャンソン歌手志望の女性を横浜へドライブに誘います。北欧風の服が似合う女の子。彼女に好意を持った気取りやのTVプロデューサーのせりふで、「マリメッコだよな、その服。ぼくは前にフィンランドの音楽祭に出席したとき、パーティであの人に紹介されてね。それ以来マリメッコに凝っている。最近じゃニューヨークでもテキスタイル展を開いたり、あの人、かなり活躍してるようじゃないの」とうんちくを傾けます。五木さんはこういうのが得意で、僕らもそれが好きでした。1966年の夏、という設定で、マリメッコです。いいですね。

「その年は民間航空機がよく落ちた。全日空、カナダ航空、BOACと、つぎつぎと事故をおこし、太陽黒点の影響か、などと騒がれたものだ。荒木一郎の〈空に星があるように〉と、スパイダースの〈夕陽が泣いている〉と、高倉健の〈網走番外地〉と、ルルーシュの映画〈男と女〉の主題曲とがごっちゃになって流れていた年だった。」なんて時代背景をさらっといれてくれるのもなかなかにくいです。

9つの物語のなかでで一番好きなのは「バイエルンからきた貴婦人BMW2000CS」です。麹町の録音スタジオに停めたぼくのクルマに見とれている女性に、声をかけ、またドライブに誘います。それからふたりの付き合いが始まります。控えめでしとやかな物腰のお嬢さまなのですが。軽井沢へのドライブで、黄色いトヨタGTに「ブリッピング」を繰り返されたとき、運転席のぼくに、「ちょっとかわっていただける?」と彼女が声をかけるのです。すると……。

ボルボは「アマゾンにもう一度 ボルボ122S」で。「良質の鉄をたっぷりと使い、精密なプレス機械でしあげたボディは、どんな悪路を走っても、きしみ音ひとつさせなかったし、15インチのホィールは、じつに頼もしく路面を踏みしめて走るのだ。当時の流行とは反対の、ウェストラインの高い、武骨なデザインだが、かえってそれがボルボらしさを強調している感じだった」。このクルマの思い出は、湘南でであった奇妙な少女。クラッチを踏むと頭がもぐりそうになる、サードが少し遠いのでずっとセカンドで走ってきた、という。私にも、ボルボを愛車にしていた知り合いは何人かいますが、海辺の町に住んでいた頃、我が家に黒のボルボを転がしてきた華奢な女性のことを思い出しました。

フィナーレはサーブ。「白樺のエンブレム サーブ96S」。1987年、ストックホルム。6月の夏至祭の時期になると、ボルボやサーブのような無骨なクルマの鼻先に、北欧の夏の到来を告げる白樺の小枝のエンブレムがリボンのようにつけられる、そんな風習を扱ったお話。これも五木さんらしいセンチメンタルな物語です。

雨の日には車をみがいて
著者 五木寛之
集英社文庫 Kindle 版.

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