酒と泪と桃色女

「酒で失敗することはあるが、成功することはない」というのは自家製の格言だが、振り返っても酒の席での失態は枚挙にいとまがないが、「起きたら美女が隣に寝てた」などという経験は一度もない。大抵は二日酔いで自己嫌悪に苛まれながら朝を迎える。

それでも酒を飲む。学習しないにも程がある。

酒を飲むと終電を逃す。金もないので漫画喫茶などに泊まって朝を待つしかない。漫画喫茶が満室であればどうしようもない。フラフラと千鳥足で高円寺の駅前を歩いていると片言の日本語を武器に中国人のおばちゃんが声を掛けてくる。カモがネギを背負ってるように見えたのだろう。

「お兄さん、マッサージどう? 3000円! 朝まで泊まれる。可愛い子」
「始発まで寝られるだけでいんだけど」
「わたし出し殻シナシナババア、けどその子、若くてボイン! 気持ちいいマッサージ!」
「いや、いいよ。そういうの苦手だし、さよなら!」
「若くてボイン!」

、、、このようにして、私はその「出し殻シナシナババア」について都会の魔境へと足を踏み入れる。酔っ払った頭の中で「若くてボイン!」がクルクルと回る。暗い路地裏を抜けてアパートの一室に入る。中には固そうなベッドが並んでいる。「出し殻シナシナババア」がカーテンを閉め、かりそめの個室が出来上がる。

「お兄さん、1万円出す!」
「さっき3000円って、、、」
「1万円! 二十歳の若くてボイン!」
「いいよ、寝かしてもらうだけで。3000円ね」
「若くてボイン!」

悲しいかな私も男であり「若くてボイン!」の勢いには敵わない。財布の中に入っていた全財産7000円くらいで手を打ってもらう。「出し殻」は小銭までむしり取っていく。

「いま呼んでくる」

「出し殻」は消え、奥から早口の中国語の会話が聞こえる。この部屋には他に3人くらいが控えているようだ。足音が近づいてくる。カーテンが開く。

「お待たせ。お兄さん、服脱ぐ。気持ちいいマッサージする」

「若くてボイン!」は体のラインがはっきりと分かるワンピースを着ている。確かに「ボイン!」だ。今にも落ちそうなヤシの実みたいな「ボイン!」がたわわに揺れている。問題なのは、その「ボイン!」が明らかに詰め物であり、彼女が先ほどの「出し殻シナシナババア」だということである。なぜか後ろに、どう見ても女装した男を連れている。彼女たちはカツラを被り、セクシー気取りで身をくねらせる。中国製のピンクレディみたいだ。

「サービスする」
「いや、勘弁して下さい」
「もう1万円出す」
「なんで?」
「3人でもっと気持ちいいのことする。ねえ」
「はい!」
「、、、後ろの人、男じゃないですか?」
「違う違う、女子大生」
「お茶の水!」
「嘘つけ!」
「お兄さん、落ち着く。お酒飲む?」
「もういいんで、朝まで寝かせてもらえますか?」
「どうして?」
「だいたい、もう金ないの知ってるでしょ」
「一緒にATM行く。お金下ろして、パンツも下ろす。ねえ」
「はい!」
「行くわけねえだろ」

あまりにもしつこいので私は荷物を纏めて逃げ出した。酔いのおかげで足元はフラフラし公園のベンチで眠る。目を覚ましたときは蚊に全身を刺されており、痒みと二日酔いが酷かった。水道の水を飲み、昨夜のことが夢であれば良いと財布を調べたが、尻の毛までむしり取られた財布の中には1円も入っていなかった。

それでも酒を飲む。学習しないにも程がある。

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