見出し画像

部活⑤

痛みは少しづつ酷くなっていった。爪先が痺れ始め、脚の感覚がだんだんとなくなってくる。おまけに序盤で飛ばしすぎたおかげで、僕の体力は底をついていた。

「こりゃあ、止まるな」

残りは3キロ、騒々しい呼吸とは裏腹に妙に冷静な分析をしている自分がいる。なんとか保っていた精神がポロリポロリと崩れ始める。

「とまったら、動けなくなるな」

折れた枝は、2度と幹に戻ることはない。痛みはそろそろ我慢できる限界を越えようとしていた。僕はチームメイトへの言い訳をあれこれと考える。彼らだって僕の脚のことは知っているし、辛く当たることはないだろう、たぶん。スピードはだんだんと落ち、後ろの走者に次々と抜かれる。痛みは激しくなっていく。

「もうダメか」

その時、「パン!」と背中を叩かれた。後ろを走っていた選手が追い越し際に僕の背中を叩いてくれたのである。いま思うと「邪魔だから退け!」という意味だったのかもしれないが、当時の僕はそれを「がんばれよ!」というメッセージとして受け取った。青春っぽいシチュエーションに僕の心は再燃した。

「分かったよ、どこの誰だか分からない人、絶対に完走する」

てなわけで残り2キロ。もはや、なりふりは構っていられなかった。まず、痛む右脚を動力として捨てることにした。左脚だけを前へ前へと動かし、右脚は股の付け根を支点にして回転させるようにして動かし体重を支える突っかい棒としてのみ使う。腕は右脚に反動をつけるために、前後ではなく左右に振る。分かりやすく書けば「欽ちゃん走り」の前に推進するバージョンである。切羽詰まった渾身のギャグ走りである。更に、「あぁーーーーーー!」
という奇声を発する。これはなんのためかというと、特に意味はない。勢いである。

残り1キロ。「快走」ならぬ「怪走」を続ける僕のことを、沿道の人々が「何だありゃ?」という目で見ている。

残り500メートル。中継場はまだか?

残り300メートル。アホ走りでスパートを掛ける。

残り200メートル。本当に中継所はあるんだろうな?

残り100メートル。中継所が見えてくる。

残り50メートル。僕の次の走者が手を降っている。

残り0メートル。タスキは次の走者の手に渡る。

そして、僕は倒れこむ。後ろを走っていた他校の選手が僕のことを支えてくれる。

「すごい叫んでましたね」

返事をすることも出来ない。僕は彼の手から我が高校の控えの選手の手に荷物のように渡される。とにかく、僕は走った。走りきったのだ!

一息ついて、僕は背中を叩いてくれた選手を探す。彼は中継場のテントの脇でマネージャーらしき女子と話している。僕は笑顔で話しかける。

「あのときはありがとう」

「、、、はあ?」

それ以上、僕たちに言葉はいらなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?