関係ない話(北の銀行)

99% カーリングに関係ない話。
(長い。1%程度関係がある。)

私は大阪出身だ。アメ村は知っているがアメ横にはなじみがない。立ち食いするのは「うどん」で、「からい」といえば塩味のことだ。マクドナルドは「マクド」、ユニバーサルスタジオジャパンは「ユニバ」、ケンタッキーフライドチキンは「ドチキン」と略する。
(若干盛りました)

セイコーマートが「セコマ」と社名変更したときは驚いた。長年「セイコマ」さんだと思って付き合ってきたから、裏切られた気持ちになった。
思い通りにはいかないのが人生だが、せめて略称ぐらいは自由に決めさせてほしい。それが自己決定権というものではないのか。(ちがう)

戦後、北海道で銀行といえば、1に北海道拓殖銀行、2に北海道銀行であった。両者の区別のために、前者が「たくぎん」後者が「どうぎん」と他称・自称され、定着したとみられる。道銀(どうぎん)は通称愛称にすぎないが子会社名(道銀カード株式会社/S52設立)や金融商品名で正式名称の場合もある。

wikipedia を見ると、本州では北海道拓殖銀行は「ホクタク」と呼ばれていたとある(ほんまか?)。
まあ、帯広畜産大学が十勝で「チクダイ」、十勝以外では「オビチク」と略称されている事実から考えると、ありえなくはない話だ。拓殖銀行も畜産大学も日本に唯一の存在だから接頭辞は不要なのだが…。

ご存じの通り、北海道拓殖銀行は平成10年に破綻し、消滅した。北海道銀行が「ほくぎん」を名乗るチャンスの到来だ。しかし、長年の慣習や後発の「北洋銀行」(後述)の存在が、北海道銀行に「どうぎん」を名乗らせ続けたのだろう(たぶん)。

「北」で始まる銀行といえば、北陸銀行(本店富山市)も北海道に関係が深い。北陸銀行は明治10年設立の第十二国立銀行が起源だが、明治32年に早くも小樽支店を開設している。なんと、道内での営業開始は北海道拓殖銀行(明治33年設立)よりも早いのだ。

北陸と北海道は、歴史的に北前船などを介した経済的な結びつきが強かったこと、明治期の入植者に北陸出身者が多かったこと、などが理由と考えられている。

平成16年に「ほくほくファイナンシャルグループ」を設立。我らが北海道銀行と経営統合している。
「ほく陸銀行」と「ほく海道銀行」。あわせて「ほくほく」だ。すなわちッ北海道銀行自らはこの時略称を密かに「ほくぎん」としているのだッ!(言えなくはないか)なんとすっかり騙さていた!こいつぁとんだ二枚舌だ!!(はいはい)


さて、「北」で始まる銀行はほかにもある。

北洋銀行、北都銀行、北日本銀行の3行だ。

北洋銀行は平成元年に北洋相互銀行が普通銀行に転換してできた。「ほくぎん」としての歴史は浅い。だから謙虚に「ほくよう」を名乗っている。
北洋銀行が現在、道内トップの金融機関なのは破綻した拓銀の事業を引き受けたからだ。資産約5倍の拓銀を飲み込んだ北洋は、一躍地銀上位に躍り出た。

北都銀行(本店秋田市)は平成5年合併で誕生した。元の行名は「羽後銀行」と「秋田あけぼの銀行」。「ほくぎん」としてはまだまだ若輩者だ。当面「ほくと」を名乗りつつ、その機を伺っているであろう事は想像にかたくない。(竹田の私見です)

北日本銀行(本店盛岡市)は平成元年に北日本相互銀行が普通銀行に転換してできたから、北銀界では新参者だ。だから、彼らも現時点では「ほくぎん」の名乗りをあげるに至っていない。(まてまて。それ以前に「きたぎん」だ)

名寄に来て、市民が名寄市立大学の学生を「メイダイセイ」と呼んでいることに驚いた。だが、同じ驚くにしても、首都圏であれば明治大学の学生、中京圏であれば名古屋大学の学生を連想して驚くのであろう。一方向からでは真実は見えてこない。

大阪市東住吉区にある大学、大阪総合保育大学を「東大」と略せばさすがに問題があるだろうが、それとて「市役所のほうから点検に来ました~」と名乗る詐欺師ほどの罪はなかろう。

だからもう何銀でもいい。
まっすぐに、ただ上へ上へと伸びていってくれさえすれば。お父さんはもうそれだけで満足だ。
言いたい奴には言わせておけばいいんだ。

さて、何銀問題は解決したとして(そうだろうか)、Lilers(リラーズ)に関しては正直微妙だと思っている。Lilas(リラス)と間違えちゃう可能性があるもんなぁ。(じゃあ気をつけてね)
両者のAリーグでの直接対決を期待してます!

(2023年2月16日にツイート)

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