「仕事、辞めるって言ったらどうする?」
初夏の不安定な気候の季節、私は遠方に住む父になるべく明るく言った。
電話越しだから、父がどんな顔をしているのかはわからないが、
30手前の一人暮らしの娘からこんなことを言われたら驚くだろう。
「理由は……言えないんだよな。」
そう呟いた父は私にとって良き『友人』だった。
といっても、これは父には言えないのだが、父を『父親』とし見るのをやめ
『友人』としてみることで、なんとか関係を保とうとしていたのだ。
理由は、
幼少期に私がちゃんと両親の『娘』をすることができなかったから。
数個年上の兄が障害があり、母は兄に付きっきり、父は仕事に追われ殆ど家にいない。そして歳の離れた妹が生まれたことで自然と自分が勘違いをした。よくある話だと思う。ヤングケアラーとかアダルトチルドレンとか名前を付けようとすればいくらでもつけられるようなものだ。
ただ、私は自分でその選択をして、役割を間違えたと思っている。
だから、父に『親』としての役割を与えられなかった、と悶々としていた。
でも、幾分か歳を重ねて『友人』として接したら、それはそれは上手く
話をすることができた。だから、今私にとって父は理解者であり友人だ。
その『友人に』冒頭の言葉を言うと、私の仕事の守秘義務を
理解してくれた彼は、いつもより小さな声でそう呟いた。
「例えば、の話。決めたわけじゃない」
「考えが湧いて出てくることが起きたわけだろう」
「いつか考えたと思う。それが早まっただけ。」
「そうか。」
夜のいい時間の公園。奥の方でカップルらしき男女が
寄り添い合って座っているのをぼんやり眺めながら、
なるべく街灯に照らされていないベンチにポツリと座る私。
運よく、今日は曇っているから月明かりに照らされることもない。
電話越しの『友人』に涙が見えるわけもないから、
サラサラと私は涙を流しながら、できるだけ淡々と会話する。
「理由はいい。お前が決めたのなら」
「そういうと思った」
本当に、そういうと思った。いつだって父は私の選択を止める
ことはなかった。どんなに無茶なことだって、だ。
それがどこか寂しいときすらあった。
「考えなしにじゃない。お前が泣くほどならば」
「なに、いって、」
強い風が吹いた。髪の毛がすべて持っていかれそうだった。
そして雲を流し、隠していた月を見せつけた。
ああ、そのせいだ。きっと月明かりのせいだ。
私の涙は『友人』には伝わってしまっていた。
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