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ASOBIJOSの珍道中㉖:今度は給仕人に

 ”イエス。私の志望動機は、この町の社会をよく知るため…。私の強みは、隅々まで配慮の行き届いたサービスを提供できること。はい。わたしには多様な海外経験がありますから、様々な文化背景を持ったお客様に対しても、柔軟で豊かなおもてなしができます…。”
 などとブツブツと、事前に用意した面接用の受け答えを、呪文のように英語で唱えながら歩いていき…、いよいよ、” TIMES(タイムズ)”というレストランの裏口のチャイムを鳴らしました。

 ”おはよう、元気!?いいよ、入って。”
 と、少し腹の出た40歳前後の白人男性が、洒落たフラミンゴの柄が入ったシャツ姿で出迎えて、私を店内へと案内してくれました。
 まだ誰もいない、狭く薄暗いキッチンを通り抜け、ステンレスの戸を押して店内に入ると、天井は高く、枯れ枝やドライフラワーで装飾された、ゆったりとした空間が広がり、黒いソファーを並べて仕切ったボックス席がいくつも続いて、向こう一面、ガラス張りになった玄関から高く差し込む、やわらかな秋光(しゅうこう)に黄土を散らされたように、鈍く輝いているのでした…。

 ”まぁ、座って。”
 と、言われるがままに、薄手のコートを脱いで、隣の椅子に掛けてから座ると、背筋をピンと伸ばして、両手を膝の上に乗せました。
 私の履歴書を目の前で眺め出したこの男性は、下顎を人差し指と親指でもぎゅもぎゅと摘まむ仕草をしながら、
 ”まあ。来てくれてありがとう。バンルィ。発音が間違っていたら申し訳ない。私はケイランだ。ここのマネージャー(経営者)をしている。君の履歴書を興味深く読んだよ。私は実はヴィクトリア州の出身でね、、オーストラリアの。そう、メルボルンに長いこと住んでたんだよ。”
 ”えぇ!そうなんですか!”
 ”そうそう。メルボルン大学に交換留学してたって?優秀じゃないか。”
 ”まぁ、いい大学でしたねぇ…。人種も多様だし、みんな学才豊かというか…、アートや音楽の専攻もあって…、あちこちでバービー(バーベキューのこと)してて、本当に色んな人と話せるし…”
 ”そうだ、バービー!”
 と、オーストラリアの魂の一部とも呼べる単語を聞いたケイランは、目を丸くして笑顔を見せました。
 ”ケイランというよりはカイランじゃないですか?”
 と聞くと、
 ”そうなんだけど、もうこっちで一々言い直すのも面倒だからさ。『ケイ』って呼んでるよ、みんな。メルボルンではどこに住んでたの?”
 ”ブランズウィックです”
 ”ヒップスター(ある種の洒落者)ばっかの…”
 ”そうそう。スキニー履いて、セイヴァーズ(リサイクルショップ)で買った古着のシャツ来て、レコード聴いて、『ブランズウィックグリーン』(地元のパブ)なんか行ったり、インディーバンドのライブとか行って…。”
 ”いいね…。めっちゃいいね。”
 と目をキラキラと輝かす、マネージャーのケイ…。
 ”ダウンタウンのバークストリートからちょっと入ったところでずっとパブやってたんだけど、『メロウズ』って知らないかな…。”
 ”いやぁ、大学でよく留学生たちとパブクロール(何軒ものパブを一杯ずつ飲んで回ること)してて、あの辺で飲み潰れたりもしましたが、なんせ記憶が…”
 ”あぁ、記憶がなくなるのが正統なメルボルンのパブクロールだ。”
 と、ご満悦。
 ”もう、君、採用するよ。だけど、まぁ、一応マネージャーらしいことも聞いとかないといけないからな。この、ラ…ペティット…プランティーション?いや、発音間違ってたらごめんな。フランス語なんて点でダメなんだ。”
 私は笑いを堪えて頷きました。
 ”ここで、給仕補佐をしてたみたいだね。一応推薦人に連絡したけど、君のことを良く言ってたよ。今度は給仕人として役が上がるわけだけど、なにか思うことはあるかな?”
 ”そうですね。『La petite plantation』はファインダイニングのフレンチレストランでしたが、そこで、色々とサービスについて、それなりに仕事の大変さも学びました。ここはもう少しカジュアルだと思いますが、プロ意識を持って仕事に取り組みたいと思っています”
 と、まぁ、採用の言葉に嬉しくなって、大口が飛び出します。
 ”結構だ。いまは給仕がそれなりにいるから最初は週15時間くらいしか入れないけど、学生が多いから、すぐに大学が忙しいだのって言いだして、シフトが空いてくると思う。ここの時給は最低賃金だけど、チップが20ドルくらい付くから、時給35ドル(約3500円)を切った試しはないよ。そんな感じで大丈夫かな、逆に質問はあるかい?”
 ”えぇ…はい。あぁ、いやぁ、…一つだけ。まさかとは思うんですが…、ここのトイレは、逆流して噴き出したりしませんか…”
 ”そんなわけないだろ!”と、手を叩いて笑い転げるケイ…。
 ”ですよね…。”
 ”えらい給仕補佐だったんだな…”
 ”えぇまぁ…。”

 すると、ゴゴゴゴゴゴゴ、っと地の底から揺れるような轟音がたって、椅子の背が小刻みに揺れるのを感じました。
 とっさに、地震だ、と思いましたが、そうではありませんでした。
 面接をしていた私たちの座席の左右には、古めかしい、赤茶色のレンガを積み上げて作った壁がむき出しになっていたのですが、その壁の一面に設置された、3、4メートルもあろうかという巨大な仕掛け時計が動き出したのでした。
 ”これが、この店が何代にもわたってTIMESと呼ばれている所以(ゆえん)だよ…”
 とケイが顎を振るようにして、視線を上げました。
 その大きな仕掛け時計は、大きな銅板を、シダの葉のような形や、モミの樹のような形に切り抜いたものが、何枚も重ね合わさって、立体的な円盤形となって時計盤の形を成しているのでした。先住民のトーテムポールのデザインを思わせるような、シャケや鷹や太陽を平面的に描いたものも銅板で切り抜いて宙に舞うように配置され、やや厳めしくも、しかし、どこか子どもの空想めいた世界を広げて見せていました。
 そこに、格式を感じさせるような、くねりとした字体で数字が彫り上げられて、ギリギリ時計の体(てい)をなしているのですが、よく見ると、短針がありません。黒々とくすんだ銅製の、ひょろ長い長針が上を向いて、ぴしっと関節の震えを抑えつけて立つ老人のように、「Ⅻ」の文字をさして、立っているのでした。
 しかも、私のスマホを確認すると、11時21分で、一体、何がどうずれて丁度になったのかはさっぱりわからないのですが、ためらうことなく、その合図を告げているのでした。
 高らかに、グオーン、グオーンと、低い鐘の音ような音と、チリーン、チリーン、とどこか祝福的な小さな鈴の音を織り交ぜながら、勇壮な感じさえしてきます。

 ”こいつが唐突に鳴ると、客のチップが良くなる傾向があるんだよ。まぁ、色々と細かいことはマニュアルに書いてあるから、しっかり読んで頭に入れてきてくれ。この履歴書のメールアドレスに送るからね。シフトの希望もそのメールに返してくれればいい。よろしく頼むよ。”
 と、こうして私にもMARCOさんにもなんとか仕事が見つかって、なんとか食いっぱぐれずに済むことになったのでした…。
 
 
 
 
 


 


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