ASOBIJOSの珍道中⑤:スカンクに追われ
3月初旬、凍りついた街の闇夜を歩いていると、背後からガサゴソと、氷を引っ掻くような音がしました。嫌な予感。ダッと、全力でダッシュをしてみましたが、すぐに追いつかれました。獣。黒い毛にフサフサの白い毛、猫のような鼻。そうです。スカンクです。
両手に食べ物がパンパンに入った買い物袋を持ってゼーハーゼーハーと息を切らす私から、いつでも飛びかかれるほど近い、1メートルくらいのところから、じっと私を睨みつけています。ひとまず、りんごを一つ取り出して、そっと相手の方に転がしてみました。が、見向きもしません。
じゃあ、パンか、と袋から取り出して投げてみましたが、これにも用はないようでした。バナナ、ヨーグルト、オレンジジュース、はたまたビーツに、ケールに、歯磨き粉だって、、、。あいやい。何を投げてもダメでした。あの猛毒の屁をかけられたらたまったもんじゃないぞ。とにかく荷物をその場に置いて、走り出しましたが、このスカンクの標的はただ、私そのもののようでした。
街路樹の枝と枝とを飛び跳ねて回り込み、一瞬のうちに私の肩に飛び乗ると、ニット帽を被った私の頭の上に片手をポンと乗せ、こう囁きました。
”Come with me….. ”
冷たい汗がツーっと背中を伝うのを感じました。
このスカンクの後を追って早足で歩いて行き、モントリオールの中心街まで来ると、『イートンセンター』という、大きなショッピングセンターに入りました。そこから地下に下りると、地下街が延々と続いており、地下鉄の駅ともつながり、幾つものレストランや洋服店などが軒を連ねていました。そこを抜け、さらにエスカレーターに乗り、長い通路の壁に飾られた高貴なご婦人や紳士らの肖像画を眺めながら下っていきますと、やや古風な字体の赤いネオンサインで『La petite plantation』と書かれた看板が見えてきました。そして、お店の入り口の回転扉を押して入ると、ぐるっと大きく円を描いたバーカウンターがあり、ピカピカに磨かれたグラスやワインボトルが並び、敷き詰められた氷の上にはオイスターとレモンが散りばめられ、ロブスターや鮮魚の泳ぐ水槽が長々と広がり、その向こうにはダイニングテーブルが無数に並び、ざっと百人余りの顧客が座っており、香ばしく焼かれた肉に、カラフルな野菜やソースで彩られた料理、フレンチフライ、サラダ、見たこともないようなデザート、そういったものが、慌ただしくかつ、平静を保った給仕人たちによって運ばれていくのでした。
例のスカンクに言われるがままに、そこのバーカウンターの一席に座ると、彼は、”Wait. "とだけ言い残して、店の奥の方へ消えていきました。一つ長い深呼吸をして、カウンターに肘を突き、見上げてみると、天井は非常に高く、シャンデリアに混じって、たくさんの植物が蔓を垂らしていました。ぶどうや、見たこともない木の実もなっており、それを啄(ついば)む小鳥の姿もありました。時には、急いだ様子で、ぶどうを房ごと抱えて、お店の奥のキッチンの方へと消えていく姿もあり、つまりは、ここの鳥たちは食事を楽しむ客の頭上で糞をするわけなどなく、働いているようでした。
すると、バシャっ、と、目の前の水槽から水飛沫を立てて、大きなマグロが顔を覗かせ、私の方を見ました。
”君が働くのね。キツいけど、大丈夫?”
と日本語で言いました。
”あ、働けるんですね。”
とまあ、こんなカタチで、私はこの街で職を得たのでした。