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ASOBIJOSの珍道中⑥:ディッシュウォッシャー

 ”一空、同じ皿はまとめるんだよ。洗い終わった皿もイチイチ運ばなくていいから。ダメダメ、そんなんじゃ遅い。あのね、もっと先を見て仕事するんだよ。どうやってやれば効率よくできるか、考えながら動くの、わかる?どんな仕事だってそうだからね。”
 と、マグロの料理長は早口で急かします。私が働くことになったフレンチレストラン『La petite plantation』には、大きなバーカウンターといくつものテーブルがずらりと並んだダイニングホールがあり、その端にキッチンが一つ、そこからさらに一つ階段を下りた地下にも大きなキッチンがありました。私はその地下のキッチンの角にある洗い場に入り、ディッシュウォッシャー(皿洗い)として働き始めたのでした。
 私は大学時代から、居酒屋でバイトをしたり、漁師らと混じって養殖ワカメの水揚げの仕事をしたり、秋鮭の加工場、土木や林業でも働いたことがあり、それなりにキツい肉体労働には慣れていたものでしたが、ここでもまた、ようく汗をかきました。
 巨大なザルに鍋にフライパン、何枚ものまな板、色んな形をしたお皿に、フォークやスプーン、とにかくとんでもない量の洗い物が投げこまれてきます。
 それをスパスパと下洗いをして、巨大な食洗機に流し込み、きれいになったお皿を積み上げ、鍋や調理器具は指定の場所に担いで戻す。少しでも手が空いたら、フレンチフライ用にじゃがいもを裁断して、それを揚げたり、玉ねぎの千切りを40リットルほど用意したり、ハンバーグの成形をしたり、肉の真空パック詰めをしたり、とまあ、立ちっぱなし、手は動かしっぱなしの8時間の現場でした。
 どんな仕事だって大変なのは百も承知の三十路です。揚げ物をするフライヤーの掃除中に熱い油をかぶったり、洗い物として運ばれてきたバットが非常に熱くて火傷をすることも日常茶飯事で、手袋の中に氷を突っ込んで痛みを堪えながらそのまま作業を続けたり、洗い物に埋もれた包丁で手を切ってもそのまま手袋をはめて、働く、働く。キッチンの重たいゴミ箱を担いだまま階段を上って腰を痛めようが、流し場のフィルターを替える際に顔面が汚物まみれになろうが、まあ、しょうがないわ、で乗り切るしかないもの。
 しかし、このキッチンの面白いところは何せ、色んな動物が働いているところでした。マグロの料理長は、このお店全体に張りめぐらされた水槽を通って、地下に上にと、目にも留まらぬ速さで行き来し、常時6、7人は働いている料理人たちに隈なく指示を出し、喝を入れ、監督します。他にも、英語とフランス語を流暢に話すだけでなく、日本語や、バングラデッシュ語、スペイン語、セルビア語でも、くだらなく下品なセリフを繰り返す、オウムの副料理長に、フランス語を話しながらも、すぐに勢い余って、ひたすらバゥワゥ!と怒鳴り立ててしまう、大型犬のドーベルマン副料理長に、口をつぐむこともじっとしていることもできない料理人の白ウサギに、ずんぐりむっくりしてどうにも動きの遅い給仕補佐のカメ。その他、色とりどりのカラスたちに、フクロウ、寡黙な黒豹、蝶ネクタイを占めた給仕長のペンギン、特注サイズのシャツを着た副給仕長の大熊、などなど、動物園さながらなのです。
 巨大な機械から湯気が上がる中、マッシュポテトを仕込んでいるオウムの副料理長が、”オイ、オマエのチンチンクサイ!チンチンクサイ!”と突然叫び出すと、パセリやチャイブを刻んでいた白ウサギも、真似をして、”チンチンクサイ!チンチンクサイ!”などと、跳ね回ります。その横で、ドーベルマンの副料理長は、マッシュルームとブラックペッパーの香りの効いたソースをかき混ぜながら、そのとなりの大鍋で、大量の肉の骨や野菜の屑を煮込んだ、フォンと呼ばれるスープのざるごし作業を、新米の料理人のアヒルにやらせていますが、そのモタモタとした様子に我慢ができず、今にも食い掛かりそうな勢いで、そのアヒルの首元に牙を寄せながら、グアゥワゥとがなり立てています。その向こうでは、あたふたとワイングラスやフォークを磨き上げるリスがいて、この間のスカンクも、食後の食器がこんもりと入ったカゴを運びんできます。食材や書類をくわえて、あちこち飛び回る、青色柄付きカラスは”What a fuck!(あぁ、クソ!) What a fuck!""Chef!(料理長)”と息を切らしながら叫んでいて、オウムの副料理長は、今度はバングラデッシュ語で、”ヤイ、チューディルバイ!(スケベオヤジ)、カッドゥママ!(色黒のおっさん)”と繰り返していて、チーズにハーブに、牛肉の匂いに、蒸しあがったロブスターのスチームが充満して、まぁ、なんとも愉快なカオスだこと、と微笑んでいますと、
 ”一空、まだ、こんなのも終わってないの?”
 とマグロの料理長に水飛沫を掛けられ、怒られてしまうのでした。
 
 

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