超現実アナザー・ワールド ~異世界でもぼっちはぼっちだった件~ 第十話
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劇場版モンスターテイマー ~孤独の帝王BOCCHI~
コロシアムの内部構造は、小規模の屋内スペースと全体の大部分を占める円形の芝生グラウンド、それらを繋ぐ廊下で構成されている。
現在、俺とキワミはそのメインである芝生グラウンドに来ていた。
コロシアムには、白いラインで三分割された三つの長方形のフィールドが広がっている。そのうち二つのフィールドは緑の芝が生い茂っているが、左端のフィールドだけは「土」がむき出しになっていた。
その土のフィールドでは、俺たちよりも幼そうな二人の少年(おそらく中学生)がその外側で向かい合うように立っており、そして、中央では――二体のモンスターが戦っていた。
「いけ、マッツキ! ビリビリアタックだ!」
「そんな攻撃受け止めてやれ、ヌメンコ!」
『マッツキ』と呼ばれtたモンスターは、満月に手足が生えたような奇妙な姿で、全身からビリビリと電気を放ちながら、泥でできた熊のようなモンスター『ヌメンコ』に突進していく。……いやどっちのモンスターも癖つえーな。
マッツキがヌメンコに激突し、全身を電気が覆う。その衝撃で周囲に火花が散り、青白い雷が地上を這っているかのようにほとばしった。
この攻撃を受けてしまったヌメンコは、ただでは済まないはずだ――普通なら。
「なにっ!?」
だが、ヌメンコはまるで何事もなかったかのようにその場で踏ん張り、マッツキの体を受け止めていた。
「ど、どうして、電気がきかない!?」
マッツキを操る少年が目を見開き、驚愕の声を上げる。その顔は明らかに焦りで引きつっていた。
一方、ヌメンコを操る少年は、不敵な笑みを浮かべて余裕たっぷりに胸を張った。
「ふふん、残念だったな」
「ッ! どういうことだ!? 説明しろ!」
電撃が効かない状況に納得がいかないのか、焦りを隠せない相手に対して、ヌメンコの少年は得意げに解説を始める。
「ヌメンコは泥の中に電気を蓄積することができるんだ。だから、マッツキ程度の電気攻撃なんて余裕で耐えられるってわけさ!」
「な、なんだと……ッ!?」
「あと……ついでに言うと、最近うちの電気代が妙に高いのは、夜な夜なヌメンコがコンセントから電気を吸っているという事情がありまして……」
「そ、それは災難だったな」
「——ってうるせぇわ! ヌメンコ! 今のうちにマッツキにトドメを刺せ!!」
「しまった——ッ!!」
怒りを込めて指示を飛ばす少年。その声が響いた瞬間、ヌメンコは一気に動いた。泥でできた巨体が驚くべき速度でマッツキに接近し、そのまま両腕でガシリと相手を捕らえる。
そして マッツキを持ち上げたヌメンコは、体を反転させながら後方へ大きく反り返り、地面に叩きつけた。見事なまでのジャーマンスープレックスである。これが実際のプロレスであればスリーカウントは確実だ。
地面に叩きつけられたマッツキは、そのまま動かなくなった。気絶したのだろう。フィールドには静寂が訪れた。
そして、ポンッ――という柔らかい音が響くと同時に、マッツキの体がふっと消えた。青白い光の粒子が残り、それが次第に集まって小さな球体を形成する。その球体は、敗北を受け入れるかのようにゆっくりと漂い、最終的にはマッツキの少年が持つカードの中へ吸い込まれていった。
「あぁ、負けたか……お疲れ、マッツキ」
少年はそう言いながらカードを制服の胸ポケットに直した。
「よし、ヌメンコ。お前もよく頑張ったな。ゆっくり休んでくれ」
ヌメンコの少年も同様にカードを取り出すと、ヌメンコの泥の体から青白い光が漏れ出し、カードに吸い込まれていった。モンスターはカードの中で休息を取るらしい。
「…………」
久しぶりに見たな、『モンスターバトル』。
テイマーが互いに使役するモンスターで強さを競い合う、モンスターテイマー部の主な活動だ。その迫力に俺が圧倒されていると。
「にっひっひ」
隣でムカつく笑みをしているキワミが、自慢げに俺の顔を覗き込んでいた。
「……なんだ」
「いやぁ、ハルくんが勝負に夢中になっていて嬉しいなぁって」
キワミは心底楽しそうに笑っている。その表情を見ていると……何だか心を見透かされたようで顔が熱い。
俺は気恥ずかしくなってキワミから顔を逸らしていると。
「あ、部長! 来ていたんですね」
「こんばんは!」
勝負を終えた少年たちがキワミに近寄っていた。どちらも良い笑顔を浮かべている。どうやらキワミは慕われているらしい。 ……というかお前、部長だったのか。
「うん。二人ともお疲れさま」
キワミは先輩らしく労いの言葉をかける。その声は穏やかで包容力があり、少し前までの騒がしく笑う姿と違って堂々としている。バカ元気な様子のキワミしか知らない俺にとって、そのギャップは驚きだった。
一方、少年たちは俺をチラチラと見ていた。部外者がどうしてモンスターテイマー部のコロシアムにいるのか気になっているのだろう。ま、どうして俺もここにいるのか分かっていないけどな。
とりあえず挨拶だけはしておこうと、俺はコミュ症ながら自分なりに笑みを浮かべて目を向けると……二人はなぜか顔を逸らした。え、なんで?
少年たちはお互いに顔を見合わせると、小さな声で――
「な、なぁ……この人って、たぶん噂の…………」
「あ、あぁ……間違いない。全身から黒いオーラが出てるし、あのヤバい人じゃ……」
そう言うと、二人はそそくさと俺から距離を取る。
「…………」
俺は固まったまま動けなかった。いやいや、何かの間違いだろう。俺がそんな危険人物扱いされるなんて――いや、されるのか? 確かに目つきが鋭いだとか、笑顔が不気味だとか、昔から言われてはいたけれど……。
てか、黒いオーラって何だよ。そんなファンタジーな雰囲気を醸し出している覚えはないんだが? それとも俺が知らない間にそんなスキルでも身につけたとでも言うんですか? 俺に友達ができないのも、それが理由ですか?
頭の中で必死に自己弁護をしていると、隣でキワミが苦笑いを浮かべながら肩を叩いてきた。
「あはは……まあまあ、そんなに落ち込まないの。……ドンマイっ!」
その言葉自体は慰めのつもりだったのだろうが、声のトーンが妙に軽い。励ましというよりは、冗談を交えたフォローのようにも感じる。俺の中で湧き上がる虚無感を察したのか、キワミは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「いや、違うからね? わたしは別に変とか怖いとか思ってないよ、ほんとだよ?」
「『わたしは』?」
「え?…………あっ」
キワミは自分の失態に気づいたのか、「しまった」という顔をしている。そして、急いで言い直そうと手をバタバタさせながら慌てた様子で話し始めた。
「ち、違うの! ほら、あの子たちが勝手にそう思い込んでるだけで、わたしは全然そう見えないし、むしろ頼りがいあるっていうか――」
「頼りがい?」
「あ、いや! そういうのじゃなくて……とにかく、怖いなんて思ってないから! 少なくとも『わたしは』!」
「おい強調すんな」
なんだか妙に力の入った主張だが、その焦った表情を見ていると、本心からそう言っているのだとわかる。……ただ、少し余計なことを言い過ぎたせいで、結果的に裏目に出ていた。
俺は全力で泣き叫んだ――心の中で。
やっぱりキワミも怖くないと言っているだけで、内心では俺が黒いオーラを放つヤバい奴に見えているのかもしれない。
……その事実が、俺の心に深い傷を残した。
何だか急に世界が遠く感じる。視界がぼやけ、足元がふらつく。そして、気づけば俺の意識は闇に吸い込まれていったのだった。