お、ねだん以上(株の価格の話)
銀行口座決済の当たり前を変えるPay by BANKを絶賛温め中、BANKEYの阪本です。今回は株の価格(バリュエーション)の話。
序章:いろり庵 vs めとろ庵
突然ですが…9月からお酒とラーメンを絶っています。もうすぐ2ヶ月。最近はノンアルコールの選択肢も増えてきているのでお酒は実は意外と苦ではないもののラーメンが意外ときつい。夜9時過ぎとかに一人で食事を済ませようとしたときにそもそも空いているお店がラーメン屋くらいしかなかったり…
そんなときの強い味方が駅の立喰いそばだったりします。
皆さんご存知の通り、いろり庵はJR東日本が、めとろ庵は東京メトロが運営しています。そしてどちらも甲乙つけがたい。いろり庵はそばそのものが美味く、めとろ庵は天ぷらのセンスが良い。
上場した東京メトロは基準日に200株以上株式を保有しているとかき揚げトッピング券が3枚もらえるらしい。
東京メトロのお値段
さて、2024年10月23日に東京メトロが上場しました。新規資金調達はなく国と東京都が保有していた株式を市場で売却しますというもの。言い方を変えると新たに株主になる人たちが払ったおカネは東京メトロにではなく、国と東京都の財源になります。
個人的にはしっかりと東京メトロのおカネにした上で、半蔵門線と日比谷線の乗り換え、日比谷線と南北線の乗り換えについて再考頂きたいところですが、今回の上場では資金を調達していない(しつこい)ので当面は期待できません。
ところで、東京メトロの株式は1,200円で売り出されました。これは今回の場合には国や東京都が1,200円で売りますという意味です。そして上場初日(要は市場で自由に取引された初日)最初についた株の値段は1,630円。売出し時に「買いたかったけど買えなかった(例えば抽選に外れた)」投資家が株式購入に殺到し、売出し価格を上回る初値が付いて一時時価総額(株価×発行済株式数)が1兆円を超えました。売出しの抽選に当選して投資できた投資家は200株買ったとして、1,200円×200株=24万円投資して、上場初値に売却すれば1,630円×200株=32.6万円と8.6万円の利益を得ることができました(実際には売出し時は証券会社の手数料がかかりませんが、売却時には手数料がかかります)。安く仕入れて高く売る、市場・商売の基本です。
さて、この東京メトロの1兆円という時価総額(株のお値段)は高いのか安いのか?結論は「あなた次第」です。高いか安いかは、「(主観的な)価値」と「(客観的な)価格」の比較で決まります。一方で「株」というよく分からないものの価値と価格については一定の基準としての評価方法があり、大体ファイナンス理論として体系化されていたりします。詳しいことは企業価値評価あたりの書籍をご参照ください。
ここでは超簡易的に東京メトロの客観的な価格について考えてみたいと思います。まず、2024年時点のバランスシートは下のようになっています。
右側の社債や借入金が地下鉄設備(建物・構築物、機械装置運搬具、建設仮勘定)と釣り合っています。事業の内容ととても良く釣り合ったバランスシートになっています。そして今この瞬間に会社を解散してもこれらの地下鉄設備を売却すれば社債や借入金は返済できそうです。なので純粋な借入金はゼロと見てしまって良さそうです。
次に過去10年間の経営の実績を見てみます。
厳密なファイナンス理論はプロにお任せして超簡易的に試算するためにPL(損益計算書)から企業が1年間に生み出したキャッシュをEBITDA(営業利益+減価償却費)から税金を控除した金額を算出します(6行目)。
2020-2022はコロナ禍で地下鉄利用者が激減し、通勤定期券の販売も低迷したため大きく数字が落ち込んでいますが、それまでの6年間や直近の2023年度(2024年3月期)の数字から平時であれば概ね年間1,000億円ほどのキャッシュを超安定的に生み出す会社であると考えて良さそうです。
ファイナンスの教科書には、事業価値はその事業が将来生み出すキャッシュの現在価値であるとあります。仮に2024年3月31日(現在とします)に今後毎年1,000億円のキャッシュを生み出すと想定すれば、1年後の1,000億円の現在価値は1,000/(1+r)、2年後の1,000億円の現在価値は1,000/(1+r)^2と計算出来て、東京が住める場所である限りは永続するだろうという仮定のもとで、東京メトロの事業価値はΣ(1,000/(1+r)^n)=1,000/r(rは割引率)とざっくり見ることが出来そうです。
時価総額=事業(企業)価値ー純負債[負債から現金を控除]で表されます。先ほど見たように東京メトロの借金はいざとなれば資産を売却して返済できるものでありゼロと見るとすれば、当初の売出し価格1,200円は14-15%の割引率で計算されたものと考えられます。割引率をどう決めるかと言えば、他の投資対象と比較したリスク・プレミアムを乗せたレートというのがざっくりとした理解です。
金利が上がってきたにせよ10年国債(リスクフリーと言われる)の利回りが1%にも満たない中で少し高すぎる割引率な気がします(おそらく売出価格の決定の議論の中では割引率は6%程度で、負債の扱いとして社債と長期借入金の8,700億円は控除すべきといった形で意思決定されたのかも)。
ここまでが価格の話で、世の中には色々な人がいるので潜在的に東京メトロのリスクは多くとも国債プラス5%くらいじゃない?とかいやいや10%くらいはあるでしょといった形で、胸にそっと手をあてて考えてみると主観的な「しっくりくる」価格というのが出てきます(これが価値)。あとは市場で売り買いされている価格と自分の思う価値とを比較して高いか安いかが決まるのです。
にしても、売出1,200円で初値で1,630円はちょっと売出価格を決めた東京メトロとアドバイスした証券会社(今回主幹事は野村證券、みずほ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券、BofA証券だったみたいです)には反省してもらいたい(今回の株式の売り手は国と東京都で、本来は国庫金や都に入ったはずの2,000-3,000億円が運良く売出しに当選した株式投資家のポケットに収まったのです。某自民党の裏金どころじゃないっすよ。大型案件だけど売出しかつ公的機関案件なので証券会社の手数料があまり良くなくて真面目にやらなかったんじゃないの?とか邪推します)
スタートアップのバリュエーション
なんだか変な方向に話題が逸れそうなので姿勢を正して。上記のような形で超安定している企業であればかなりロジカルに価格の基準を算定することが可能です。一方でスタートアップ(多くはIPO=上場を目指している)は何度か市場外で株式を発行して投資家(ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家)にその株式を買ってもらいます。
このときの価値と価格がとてもとてもブラックボックス。
スタートアップなのでリスクは高いのでシード期の当社の場合には60-70%のリスク・プレミアムで自社のバリュエーションを計算したりしていますが、当然ながら買い手側である投資家は異なる価値尺度を持っておりバリュエーションが高い、低いといった議論になります(実際のところは世の中の空気感、類似業種比較といった別の要素も重要ですが)。
あとは最近感じることとしてスタートアップの場合、「新しいこと」「革新的なこと」「社会を変えること」にチャレンジします。ただ、こういった今まで見たことがないことに対しては投資する側の「好き・嫌い」というか共感性の要素がものすごく大きい。嫌い、共感できないとなった瞬間に割引率は100%を超えてきます、そうするとなかなか価値と価格が折り合ってきません。ではまた。