銀行員 田中健太
地方銀行の若手行員、田中健太が出勤すると、支店内はいつもと同じ朝の風景が広がっていた。支店長の鈴木がほほえみながら出迎え、厳しい目つきの山田次長がカウンター越しに部下を指導している。一方で、新入行員の佐藤翔太が妙にテンション高くあいさつを飛ばしているのが目立った。
「田中先輩、おはようございます! 今日も地域のために頑張りましょう!」
「おはよう、佐藤君。元気なのはいいけど、ちょっと静かにね。」
田中は苦笑いしながら、カウンターに向かった。そんな中、同期の融資係、中村美咲が書類を手に立ち上がる。
「田中君、ちょっと相談したい案件があるんだけど。」
「うん、わかった。」
美咲に呼ばれ、彼女のデスクに向かうと、一冊の厚い資料が置かれていた。
「藤井製菓って知ってる?」
「老舗の和菓子屋さんだよね。子供の頃に食べたことがあるかも。」
「その藤井製菓が融資を申し込んできたの。でも、内容がちょっと怪しいの。」
田中が資料を開くと、財務諸表には整合性の取れない数字がいくつも目についた。
「確かに、これ、どう考えてもおかしいよね。」
「支店長に相談してみようと思うけど、その前に少し調査してみない?」
田中は頷き、二人で藤井製菓の実態調査に乗り出すことになった。
翌日、田中と美咲は藤井製菓の本社を訪ねた。小さな町工場のような建物が見えてくると、迎えてくれたのは藤井社長だった。
「遠いところ、ようこそお越しくださいました。融資の件、ぜひよろしくお願いします。」
笑顔で出迎えられたものの、社長の声にはどこか焦りが感じられる。案内された応接室で話を聞くと、どうやら大手スーパーへの納入契約が打ち切られ、経営が逼迫しているとのことだった。
「新しい販路を探してはいるんですが、なかなかうまくいかなくてね。」
社長の言葉に真剣に耳を傾けながら、田中は何か違和感を覚えた。この状況にしては、社長の態度がどこかよそよそしい。
支店に戻り、田中と美咲は山田次長に状況を報告した。
「なるほどね。その財務諸表、本当に全部確認したのか?」
「はい。ただ、まだ現場の詳細までは…。」
「なら、俺が見ておく。その代わり、お前たちは藤井製菓の周辺をもっと調べてこい。」
山田次長の指示を受け、二人は地元の商工会や藤井製菓の取引先を訪問した。調査を進める中で、藤井製菓が数年前から架空取引を行っていた疑いが浮上した。
「これ、完全に融資詐欺の可能性があるわね。」
「でも、どうしてそんなことを…?」
田中は混乱した。真面目そうに見えた藤井社長が、そんな不正をする理由が思い浮かばない。そんなとき、新入行員の佐藤が駆け寄ってきた。
「田中先輩! 実は面白いこと思いついちゃって、藤井製菓の商品を地元のイベントに出してみたんですよ!」
「えっ、何やってるんだ! 許可取ったのか?」
田中は驚きと怒りで声を荒げたが、佐藤は続けた。
「でもこれ、すごいですよ! めちゃくちゃ売れてます!」
翌日、地元イベント会場を訪れると、藤井製菓のブースには人だかりができていた。特に目を引いたのは新商品の「塩あんこ大福」。佐藤がアイデアを出し、美咲が支援して改良を加えた結果、大ヒット商品となっていた。
「こんなに人気が出るなんて…。藤井社長も驚くだろうね。」
田中が感慨深げに語ると、美咲が苦笑いを浮かべた。
「でも、これだけじゃ解決にならないわ。もっと持続可能な方法を考えないと。」
その後、支店長の鈴木も巻き込み、新たな販路の開拓に取り組むことになった。
プロジェクトが進む中で、鈴木支店長の過去が明らかになった。かつて彼が融資を行った企業が倒産し、その責任を問われて左遷された経験があるという。
「だからこそ、今回は絶対に成功させたいんだ。」
その言葉に田中たちは胸を打たれ、さらに尽力することを誓った。そして、地元の食品メーカーや観光業界と連携し、藤井製菓の商品を地域全体で売り出す取り組みが始まった。
最終的に、藤井社長は自らの不正を告白し、経営を若手社員に引き継ぐ決断をした。その姿に田中たちは深い感銘を受けた。
「銀行員として、僕たちができることって何だろう?」
「それは、信じることだと思う。」
鈴木支店長の言葉を胸に、田中はまた新たな一歩を踏み出した。