デフォルトキューブ XR-UX/UIの試み
バーチャルマーケット5(以下Vket5)の会場「Default Cube」は、展示物を見るという体験を主題とした、XR-UX/UIの尖鋭的な試みだった。
Vketの通常のテーマ会場のように「展示会場を歩いて見て回る」という現実と齟齬のない体験を捨て、強いコンセプトに基づいて専用に設計した特殊なUX/UIだけで成立させたもの、人類が慣れ親しんでいない体験を投げかけるものとなった。だから、良い面も悪い面も極めてはっきり、一人ひとりの異なる体験……驚き、喜び、違和感、不満として記憶されていると思う。
この記事では、ワールドディレクション/制作を行った私の立場から考えたことを書いて残そうと思う。(不特定多数が訪れる「公共空間」で新しいチャレンジをする以上、設計者としての意図や意思、反省を共有することは必要なことよね)
DCのコンセプト
Vket5のDefault Cube(以下DC)はこんな会場 ↓↓
DCは前回のVket4が初出の会場で、Vket5版を設計するにあたっては次のコンセプトがそのまま継承されている。
1. ブースが主役(同時に1ブースのみ表示/ワールド側要素を極力消す)
2. ブースが来る(ユーザーが移動するのではなくブースを召喚する)
3. Default Cubeという名称
Vket4で、この3つの前提から「Cube状UIを掴んで回転させることで展示ブースのプレビューを表示し、選択することで目の前にブースを出現させる」というDCの基本的なUXを決定したけれど、うまくいっていない点や、フィードバックから気づかされた問題を抱えていた。そこでVket5では、Vket4で未熟なままだったDCを完成させることを目指した。
起動後のCube状UI、通称「UIちゃん」
背景に「途中でズルをするルービックキューブ」がカチカチ音を立てる
Vket4のDCで起きた問題
前回の反省は、大きく言うと3つあった。
1. プレビューが機能していない
2. 会場内のブースの一覧性がない
3. 目当て以外のブースを回る負荷が高い
この3つは単に文字に書かれた通りの不備があったということ以上の、VRならではのさまざまな問題やVRだからこその可能性についての議論を多く含んでいる。なので、この3つをどう解決したか/しようとしたか、という点を軸にいろいろと書いてみようと思う。
プレビューと実物の境界
1. プレビューが機能していない
これは前回の一番の反省で、単純に機能を満たしていない設計の落ち度でしかなかった。Vket4においては、当初は各ブースを立体ホログラムで表示しようと考え、最終的には運営サイドで各ブースを撮影した画像を透明な球体に閉じ込めた形になった。ただそれではブースの内容が一切わからず、何より「DCでブースに至る唯一の動線」を出展者がコントロールできなかった点がまずいと考え、Vket5では画像入稿を出展者にお願いし、出展者自身が制作した2D情報を配置することにした。
プレビューの設計資料
それにしても、DC形式におけるプレビューはとても難しい課題。
通常のテーマ会場では「順路に沿って歩くことで遠目から見えてくるブースの姿」がプレビュー(かつ実物)の役割を果たしているため、立ち寄るかどうかの瞬時の判断と、判断をもとにしたシームレスなブース入退場ができる。一方でDCは、実物ではないものをもとに手元で判断し、意識的にUI操作をしたのちに入退場する。ユーザーへの負荷が高い。今回はさまざまな理由や制約を総合的に判断して「慣れ親しんだ2D画像」を選択したけど、バーチャルのちからをもってすれば、実物でありプレビューである、手元にありながら目の前にある、カタログでありながら実空間であるということは十分可能であるはずだ。DCv1→v2への進化が今後あるとしたら、この部分の再構築が最大の課題であって、一番設計しがいのある部分になると思う。
Cubeが飛び散るブース展開エフェクト (by Haruka Kajita)
見えない空間を見るための地図
2. 会場内ブースの一覧性がない
DCのプレビュー表示はUIちゃんの5面に対して各4ブースずつのため、全ブースを一覧で見ることはできない。もちろん、DCに格納されている最大20のブース本体も召喚されるまでは存在しない。歩いて巡るワールドも順路もない。このことが、DCという空間(構造)の全体の把握のしづらさ、ユーザーにとってのそこはかとない疲労感につながってしまう。
このことへの解決策として、効率を追求した場合は「全ブースの一覧から選択できる」に行き着く。それはそれで、作業ゲー感を全く感じさせない体験が完成すればひとつの素晴らしい解だと思う。一方で、よく考えれば通常のテーマ会場にも全ブース一覧は存在せず、数ブースずつ見ていくことには変わりない。ただ、通常のテーマ会場の場合は「順路」に沿えば見逃しが(概ね)防げるのに対して、Vket4のDCでは「ブースの全数、訪問済み数、位置の把握」が難しかった。これは単純に機能的な不足なので、DCにおける一覧性の強化はこの部分の改善がテーマになった。
UIちゃんの周りを揺蕩うように回転する「NodeRing」
Vket5では「NodeRing」と呼ばれる、ある種のマップをUIちゃんの周りに浮かべることにした。訪問済みブースに対応するノードが点灯することで、DC空間の全体感やブースめぐりの進捗を無意識下で把握しやすくし、また意識的に未訪問ブースを探す際に使えるようにしている。
地図という「ある空間を神の視点で把握する装置」を、空間の存在しないDCで実装した結果、空間構造とユーザーの判断に必要な情報だけを表示する地図になった。
また、NodeRingの説明はワールド内で一切していない。触っているうちに変化に気づき、非言語で無理なく意味を理解してもらえるようにすることで、徐々に光がつながっていく視覚的喜びをつくりたかった。このことは次の話題にも繋がる。
NodeRingのデザイン資料
ジオメトリシェーダーで実装できた(別記事で解説しました)
ささやかな感謝としめやかな改善
3. 目当て以外のブースを回る負荷が高い
通常のテーマ会場では、歩いていれば目当て以外のブースも目に入り、ちょっと立ち寄ってみようかという気にもなる。「セレンディピティ」とオシャンティに呼ばれたりもする偶然の出会いが実空間の強みだというのは、ECサイトに対する実店舗の議論でも良く目にする。
もう言うまでもないけど、回遊できる空間を持たないDCでは、偶然の出会いも不足する。(いちいち大変なやつだ)
ただ、偶然の出会いに関して言えば、目に入った隣のプレビュー画像がユーザーと予期しないブースのタッチポイントになる、という以上のことはできていない。できていないというか、DCの解決すべき問題はそれ以前の部分にあった。そもそも複数あるDC会場を巡ってもらうこと、そして、ひとつの会場内でもう1ブースさらに見ようという気になってもらうことだ。
楽しい方面の施策は2つ。前出のNodeRingの光をつないでいく視覚的喜びとUIちゃんの隠しアイテムにより、ブースをたくさん見てくれたことへのささやかな感謝を埋め込んだ。
そもそもUIちゃんはVket4の制作途中に生まれてきた謎生物で、無機質なワールドとユーザーとの間にちょっとした物語(これまたオシャンティに言えばナラティブ)や体温のある関係を築くために「魂」を宿すことになったUIの姿である。感謝を伝えるとしたら、この子から以外にはあり得ない、ということで今回は会場ごとに異なった仮装をしてくれた。…ぜひ自身の目で確かめていただけると嬉しいです。
Vket4製作時のUIちゃん初期スケッチ
しかし正直に言って、楽しい方面の施策よりも、会場巡りやブース巡りの物理的/心理的負荷を少しでも減らすことのほうが大事だった。
例えば、Vket4ではワールド入場後にあったオープニングアニメーションもVket5ではやめた。一度なら見て楽しいOPアニメも複数回繰り返すと「終わるのを待つ拘束時間」に変わってしまう。それなら自発的/能動的に歩ける「廊下」をオープニングの役割に変えたほうが良いと判断した。ついでに前回不足していたワールドの取説(複数人のとき気をつけてね〜)も、廊下を歩くなかでわざわざ読みに行く負荷が発生しない方法で設置した。
いまいる会場がわかるマップも列をなしてくるくると回っている
その他にもこっそり改善した点は多い。いろいろやって、Vket4で道半ばだったDCのアップデート、DCv0.5→v1.0はある程度達成できたと思っている。
その他の主な改善点
・VRChatワールドサムネの差別化(繰り返し感の低減)
・プレビューのカラーの強調(ブース番号との照合しやすさUP)
・UI位置から移動せず視認/選択できるプレビュー(移動距離の低減)
・プレビュー表示とブース展開表示の時間短縮(塵積待ち時間の削減)
・床の無限遠フラットデザインから中央強調への変更
だが……いろいろやってもユーザー負荷が解決しなかったというか「するはずがなかった」のは、前回を踏まえて見えていた「もうひとつの課題」を全く解決できなかったからだ。最後にこのことを書こう。
DCの進化のために
前回の反省は大きく言うと3つではなく、実はもうひとつあって、
4. ワールド数が多い
これに尽きる。
誤解なきように、これは出展者が応募しまくるせいだという話では一切なくて、結果としてそういう設計になってしまっている100%運営/制作サイドの課題だということは、最初に前置きさせてください〜
Vket4のとき、他のテーマ会場が5会場程度なのに対して、DCは7会場。当時も想定外だったけど、Vket5ではこれが8会場に増え、さらにUdonCubeやSkyCubeなどの派生も増えたため、なんと12会場ものDC式ワールドが存在することになった。
だが、DCの設計はこの会場数をすべて巡る体験を前提としていなかった。
Vket4の設計時から、DC会場数は他よりも少ない想定でスタートしていた。DCはデータ容量限界突破をしたい要望に応える「上級者向け」の位置付けで、他と並列されたいちテーマ会場ではなく特殊会場なのだった。ただ、結果としては今回12会場になった。これはワールド制作外の部分での改善が必要だったけど、他チームと十分に問題意識を共有して解決に至らなかった私自身の反省点である。
出展者がDCを選ぶ理由として
1. 通常ワールドよりもデータ容量制限がゆるい
2. 自分のブースだけ見せたい
3. ニュートラルなテーマを求めた
があるとして、実は「3. ニュートラルなテーマを求めた」ニーズを多く拾ってしまっているのかもしれない。シンプル/ニュートラル/幾何学系テーマの通常会場が必要なんじゃないかと思う。
というわけで…! DC巡りについては苦行的側面あったり、そもそもUIちゃんが人間工学的に最適でなかったり(手首の可動域と違う)と、試行ゆえに至らなさもたくさんあるワールドなのだけど、VRだからこその表現や可能性へのチャレンジを一緒に楽しんでいただけていれば何よりです。
DCが今後も進化していく機会があるのであれば、プレビューの話で語ったように、実物でありプレビューである、手元にありながら目の前にある、カタログでありながら実空間であるという状態を目指して一旦解体/再構築し、あわよくばワールド数にも耐えられる、より良いDCになることを期待したいと思います。
あ、Vket5は2021年1月10日まで、VRChatで行けるので、ぜひ実物を体験してみてください〜(すごいブースだらけで楽しいよ)
ワールド制作スタッフ(敬称略)
ディレクション/ワールド制作:番匠カンナ
ギミック制作:hatsuca
ブース展開演出:Haruka Kajita
ライティング:るら
UIちゃんアイテム制作:倭文、linsuke、Lhun
BGM制作:utubo
サムネイル制作:clome
プレビューへのサークルデータ流し込み:車軸製作所
配置リーダー:クーテトラ
※Vket4からデータ引き継ぎ
UIちゃんモデル制作:Captain
UIちゃんワープ演出:イリリ
※見えていない部分も多いので抜けてたら超すみません…