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小説『琴線ノート』第1話

打ち合わせという名の飲み会を終え
勝手知ったる下北沢の街並みを
駅に向かって歩いていた
“石を投げればバンドマンに当たる“
そう言われるこの街の夜の空気が好きだ

音楽が好きでバンド活動をして
いいところまで行ったけど結局バンドは解散した
でもたまたま自分の才能を評価してくれた人が
音楽業界の人でその道に導いてくれて
今は音楽プロデューサーを目指し
地道な音楽制作の日々

たまたま作曲した曲が有名アイドルの
カップリング曲に選ばれ
その知名度に便乗していつの間にか自分の
ウィキペディアのページもできていた

小川奏多 26歳 東京都出身 作曲家

有名人とたまたま仕事をしただけで
実際の自分はSNSのフォロワーも並で
街を歩いても顔を刺されることもまずない存在だ

それでもメジャーの作品に関わったぞという
優越感が自分をアマチュアではないと錯覚させ
下北の明かりが崇めてくれているように感じた

小田急線の下り電車に乗りSNSで
自分がアイドルに作曲した曲のタイトル
「七色スマイル」をサーチする
これもエゴサーチの一つで
その曲を褒めている投稿を見て英気を養うのが日課だ

すると目に飛び込んできた投稿があった
“「七色スマイル」カバーしてみた”

早速耳にカナル式のイヤフォンを突っ込んで
その動画を見てみる

そこに映ったのはアコギで弾き語りをする
小柄な20歳くらいの女の子だった
髪型は肩につかないくらいの長さのボブだけど
赤々としたインナーカラーが印象的だった

彼女の歌声はこれまで聞いたことのないような
魅力的な声で自分の作曲した曲を歌っていた
明るい声だけど高音には息が漏れる成分が含まれて
艶やかで音程の良さに加えリズム感の良さもあった

僕は彼女の歌に魅了されていた

体内に取り込んだアルコールのせいか
コメント欄を開きそこに文字を書き込む

「七色スマイルの作曲者です
めちゃくちゃいい歌ですね」

この行動が全ての始まりだった

次回へ続く

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