綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』 感想のようなもの・不倫に取り憑かれて

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不倫をしたことがないのに不倫に取り憑かれている。不倫をしたことがないから不倫に取り憑かれているのだ。

不倫が自分にとってファンタジーだった頃、「人が人を好きになる気持ちは、誰にも止めることなんてできない!!😣」と、誰に意見を求められなくても、個人を尊重する自分の寛容で達観した恋愛観を他人に指し示すためにそんな発言をしたことがなくはない気がするのだが、ある年齢を超えると、自分の周辺の不倫人口は爆増して、私を取り囲む不倫経験者たちから発せられるオーラ、ないし、それこそコロナにも似た不倫ウイルスの飛沫によって私の体内には許容量を超えた不倫物質が蓄積し、ある日突然「もうみんな不倫なんてやめて!!!!!!!!」ハックションハックションと泣き叫び、全身で不倫への拒絶反応を起こす体質となった。世の中の人が何故あんなにも不倫を許すことができないのか、それは花粉症の発症と同じ現象であったのかと、私は身を持って知った。

というのはとてもしっくりくるし、できればそういうことにしておきたいけど、不倫アレルギーになった決定的な原因、というものが本当はあるのかもしれなくて、ただそれをどうしても認めることができない。信じたくないし、そもそも信じていないから。信じていないけど、真実がどうであれ、なぜよりによってそんな女に余地を与えたのだ、と思って枕を殴ったり濡らさずにはいられないから。仕事で付き合いを持っている人やよく行くコンビニの店員が不倫をしていたとてどうでもいい、そんなことは私の人生になんの関係もないし支障もきたさない。なぜよりによってあなたが?なぜよりによってあんな女と?マジで誰なんだよその女?

『嫌いなら呼ぶなよ』の語り手は、不倫をしている男性であり、彼の不倫を断罪しようとする妻の友人たちに向けられる、口では発されることはない、ことばの刃の切れ味は凄まじいが、不倫してるくせにことばの切れ味が鋭くていい訳ないだろ、と思うように、同時に語り手である男性を馬鹿にもしきっている感覚もあり、しかし内省も全くうまく行かず自分を自分で掴めないというところの苦しみには共感もするし、なにより全方向に性格悪く快活、タイトルも最高。私は「嫌いなら呼ぶなよ」とまでは開き直らなきけど、「嫌いなら行くなよ」と自分を責めることはあり、どちらの立場ともつかず超エンタメぷりに感動する。「『交通事故でわざと轢いて殺す人なんか、ほとんどいないよね。それでも加害者が被害者に詫びない、処罰を負わないなんて許されないでしょ』そう、不倫は心の過失致死傷罪なのです、って?上手いこと言うなあ。」
前半の不倫アレルギーの発症についていうならば『神田タ』で自分の正義を本物の炎にする痛ファンがいちばん近いなということも思う。お前誰だよ、って言ってるお前がいちばん誰なんだよワラ

不倫をしている人に「なぜ不倫をするのですか?」と真正面から聞いてみたいと思いながら、聞く機会が訪れないので、せめて私は今度、代わりに街でナンパをされたら相手に色々聞いてみたいということを思う。

〈模擬質問〉
・タイプですって言いましたけど、あなた後ろから来ましたよね?私の顔、見てなくないですか?
・今日話しかけたのって私で何人目くらいですか?
・いつもこんなことをされているんですか?
・なにが目的でこんなことをしているんですか?
・恋人がほしいんですか?
・今日を一緒に過ごせる人を探しているんですか?
・性欲が人より強いんですか?
・売りつけたい商材とかがあるんですか?
・誰かにノルマを与えられているんですか?
・友達と競っているとか?
・自分の可能性を試しているんですか?
・自分がどこまで行けるかを、知りたいとかですか?


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