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魔女入門

火:かわる

 ろうそくや、焚き火のほのおを見つめてみましょう。マッチがあれば、それが一番いいです。ゆらゆらと、あかるく、ゆっくりすばやく、光と熱を放っているほのお。とてもきれい。とてもきれいだけど、「これがほのおだ」と、ピンで貼り付けて標本にすることはできません。よく見てみましょう。ほのおの中心にはなにがあるでしょう? マッチの軸、焚き木、ろうそくの芯。ほのおは、なにかがなにかに変わる時に起きる現象です。そこにあるものが、熱を持ち、黒く焦げ、なくなっていきます。なくなっていくときに、明るく輝き、ゆらゆらと揺れます。ほんの小さな木の破片でも、触るとやけどをしたり、燃え広がってお家や町をなくしてしまう、大きなほのおを生み出します。すごいエネルギーです。

 わたしたちの体も、生きている間中ずっと、熱を放っています。今朝食べたものが元気の素になり、体を温め、動かします。それまでわたしであったものがなくなり続け、これからわたしであるものへとかわり続けるということが、命のほのおが燃えている、ということです。それは熱を放ち、ちょっと見えにくいけど、ひかりも放ちます。元気がなくなったり、死んだりすると、この熱とひかりはなくなります。ただ、その思い出だけが、どこかに残ります。

水:まじる

 おなべに水を入れて、そこにおしょうゆを一しずく、たらしてみましょう。あっというまにおしょうゆは水に溶けて広がり、水全体がかすかにおしょうゆ色に染まります。もう少し入れてみると、やっぱりすばやく溶けてひろがり、おしょうゆ色がもっと濃くなります。水は、そこに飛び込んできたものはなんでも溶かしてしまい、受け入れます。おしょうゆじゃなくて、練った小麦粉のお団子を入れても同じです。一見、溶けないように見えるものでも、ずっと長い時間置いておけば、少しづつ溶けていきます。

 学校で誰かに嫌なことを言われた時、あなたの心はほんの少し、おしょうゆ色に染まります。そのことがつらかったり、はらがたったりするかも知れません。いつまでも気になってしまい、くよくよと考え続けている自分に、いやけがさすかも知れません。おしょうゆ色のついてない、もとの自分には、もう戻れないかも知れない、と不安になるかも知れません。でもね、あなたの心が他のなにかと混じってしまうことは、悪いことではありません。あなたはこれから、おしょうゆ色や、真珠色や、それはもうありとあらゆる色と混じっていきます。水が結局はすべてを溶かしてしまうのと同じように、あなたも、あなた以外のすべてと、これから混じっていくのです。今のあなたが、ずっと昔、まだ今のあなたでなかった時から、そうしてまじりあって、できてきたからです。

風:はこぶ

 風が強い日は、絶好のチャンスです。外にでて、顔や手や、体全体で風を感じてみましょう。なにもないのに、肌を触られるように感じられます。よく考えると不思議です。風はどこから吹いてきて、どこへいくのでしょう。どこまでいっても、風の生まれるところも、風が行き着くところも見つけられません。ここがそうかな、と思うところがあっても、よく見ると、そこにはやはりどこからか風が吹き込み、どこかへ風は去っていきます。狭いお部屋や、小さな箱のなかに風を閉じ込めると、もうその中には風は吹きません。そのかわり、あいからわず部屋の外や、箱の外を、なにくわぬ顔をして、風が吹いています。お部屋の窓を開けたり、箱に小さな穴を開けると、再び風は吹き込み、去っていきます。

 ほのおと同じく、風も「これが風である」といって、ピンでとめておくことはできません。ほのおが「かわる」ちからであるように、風は「はこぶ」ちからです。風はいろいろなものをあなたのもとに運び、またあなたが届けたいもの、みんなにあげたいもの、もう持っている必要がなくなったものを、運んでいきます。あなたの肌をやさしくなでた風は、どこかで誰かの肌を、同じようになでるでしょう。そしてまたどこかの誰かの、髪や、涙や、背中をなでていきます。あなたの肌を風がやさしく触れるとき、あなたは風を通じて、みんなと触れ合っています。遠い昔のご先祖さまや、遠い未来の宇宙人とだって、触れ合っているのです。心を静かにしてみると、そのことを感じることができるでしょう。

地:かためる

 あなたは、いつでもあなたです。かわりつづけ、まじりあい、はこばれていきながらも、それでもあなたはあなたです。お母さんや、先生や、お友だちとは違う、れっきとしたあなたが今ここにいて、この本を読んでいます。今日一日に起こったことを思い出して、喜んだり怒ったりしてから、すやすやと眠ります。目が覚めたらお姫さまになっていた、なんていうことは、まったくないとは言いませんが、ほとんどないと言っていいでしょう。あまりそういうことがあっても困りますしね。昨日も今日も明日も、あなたはあなたであり続けるからこそ、みんなと一緒に遊んだり、思い出し笑いをしたり、約束をしたりすることができます。

 人間はだれでも、いつか死にます。あなたもいつか死にます。死ぬと、動かず、冷たく、だんだんほどけていく、死体になります。もうそれ以上、かわることも、まじりあうことも、ふれあうこともない、土のようなものになります。実は、かためるちからは、ここに向かっているのです。かためるちからが一番つよくなっている場所が、地面です。この地面に種を植えると、野菜が育ち、おいしいご飯をつくることができます。そこには、ろうそくや焚き火のほのおの中にみた「かわる」ちからが、ふたたび生まれます。

 魔女があつかう四つのちからを説明してきました。ほのおのようにゆらめいて、すべてを溶かす涙をながし、遠くへ、遠くへはこばれて、ばらばらになって降り積もる、旅する魔女のちからです。魔女の仲間の中には、この四つのちからに加えて、もうひとつのちからについて語る人もいます。だけど、そのちからについては、うまく説明することはできません。それは本に書いて人に説明したり、誰かから教わることができない、秘密のちからなのです。この秘密のちからは、ふと気がつくと、いつのまにか、そこにあるものです。あなたはそれについて人にきいたり、教えたりすることはできません。だけど、それはずっとそこに、秘密のままで、あり続けます。あなたは、そこに秘密がある、ということだけを、覚えておくことができます。

 それが、魔女の秘密です。

蛇崩蜘蛛美(じゃくずれ・くもみ)
魔女。キンシャサ在住。惑星詩人協会フェロー。

[アンソロジー「魔女入門」(2016)より]

Poetic Sorcery Issue I-VII, 
planetarybards.net

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