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21,夜の授業

2月24日から後期の授業が始まった。オルドスに来てちょうど半年、コミュニケーションもある程度できるようになり、友だちも増えて、生活にも慣れて、活動に本腰で取り組む体制が整ってきた。

この学期から週に3回、夜7時半から9時まで蒙古族中学の先生や、一般社会人を対象にした日本語講座が始まった。もともとモンゴル族は日本にとても興味を持っていて、前から日本語を教えてほしいといったリクエストがあったのと、将来、ボクが帰国した後もこの学校に日本語教育がしっかりと根付くようにとの思いで始めたものだった。

とはいっても、夜間クラスの受講生のほとんどがこの学校の先生。まだ若く教師としての経験もほとんどないボクがこの学校の「先生の先生」としてやっていけるのか不安もあった。

最初の授業。やはり「あいうえお」から始めたが、とてもやりずらい。教室には40人程度集まっていた。若手の教師が中心だが、中には50歳ぐらいのベテラン教師から9歳になる先生の子供まで混じっていた。他に町のホテルの従業員や銀行マン、工場の作業員もいた。顔を赤らめて「あ・・・、い・・・、」とやっているのを見ると、本当に心苦しい。だいたい年配の人ほど発音が悪いのでどうやって注意して矯正していけばいいか考えてしまう。講師も受講者も、お互いにオドオドしているというぎこちない授業が続いた。

年配の人が、あまりにかわいそうなので、いっそうのこと会話の練習をやめて、講義のようにこちらが一方的に言いまくる授業に変えようかとも思った。このクラスもまた明確な目的がない人がほとんどなので、話すことをそれほど重視しなくてもいいような気になっていた。中国では外国語の授業といえども「教科書を教える」授業が一般的だった。教科書を何べんも読んで丸ごと暗記してしまうということが多い。ボクの授業は教科書はほとんど使わず、実物や絵を使って進めていくので、戸惑う人が多いし、恥をかきたくないという本能もあるので、なかなか授業が盛り上がらない。はじめは40人いた受講生も2週間くらいで20人まで減った。9歳の子供もいつの間にかやめていった。

ただ、残った受講生はとても意欲的。慣れてくるとともに、学生時代に戻ったようで気が引き締まるとか、いままで受けたことも、やったこともない授業なので、新鮮だとか、自分の授業にも応用したい、といった声も聞かれるようになった。それからは少し自信をもって教えられるようになった。

ある晩、授業をやっている最中にパッと明かりが消えた。停電だ。教室は真っ暗になった。そのときはちょうど乗ってきたところだったので、やめたくなかった。受講生はすかさずローソクを取り出す。ここでは何のアナウンスもなく突然停電になることがよくあるので、どこにいてもローソクは欠かせない。

ローソクのほのかな明かりがぼんやり教室全体を映し出していた。その薄明かりの中、何か宗教の儀式でもやっているかのように、整然とした日本語が響き渡った。そのうち、何人かの受講生が懐中電灯を照らし出した。「うん、これは使えそうだ。」こちらや黒板のほうを照らしてもらって授業を続けた。

直接、光を受けるのでかなりまぶしいが、なんだかスポットライトを浴びながら授業をしているようで、不思議な気持ちがした。授業の出来はイマイチだが、こういうときほど教師と学生が一体となって授業を作り上げることができる。授業が終わって、何人かの受講生が残った。なぜか、ひとりの外套のポケットにはバイチュウとお猪口が忍ばせてあった。ローソクの明かりのもと、教室で静かな宴が営まれた。

この夜のクラス、3回に1回は学校の行事が重なったりして、授業ができなかった。あまり先のことまで考えても仕方がない。与えられた不確実な時間の中、せめて各受講生がなにか身につけられるものをと心がけて、その日その日の授業を組み立て、少しずつ進めていった。

このクラスの受講生とは授業以外でもいい関係を築けた。夜授業がない日は時々受講している人のうちを訪ねた。何の理由もなくフラっと訪ねるのは少々気が引ける。何となく照れくさく感じてしまう。幸いにして、ボクの部屋にはテレビがない。「ちょっとテレビが見たくなった」と言って、友人のうちへ。そうするとだいたい温かく迎えてくれて酒につまみを用意してくれて、テレビを見ながらいろいろ雑談をする。中国のテレビを見てもわからないし、つまらない。本当はテレビなんかどうでもいいのだが、ボクはテレビを理由に正々堂々と友人のうちを訪ねる。

日本では部屋にいるとき、とにかくテレビをつけていた。テレビに奪われていた夜の時間を自由に選択できるようになった。本もゆっくり読めるし、テレビがないことを理由に堂々と人を訪ねることもできる。ボクの人生の中でテレビなしの生活をしたのはこの3年間だけ。普段ほとんど本を読まないボク。オルドスでは魯迅、夏目漱石、宮沢賢治などの全集を読破。ゆっくりとした時間が夜のオルドスに流れていった。

日本語社会人コースの方々と


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