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10、トイレの話

ボクの部屋にはトイレがない。だから用を足すときは、校舎から50メートルほど離れた公衆トイレに行くしかない。

中国の一般的なトイレは、男女は明確に分かれているものの、同姓同士ではオープンで大便用の個室などはない。あるのは長方形の穴のみ。しかも職員用のトイレといったものもない。当然生徒たちの前で大きいのを出さなければならないことだってある。

初めは、生徒たちの前でズボンを下ろして「考える人」になるのに屈辱すら覚えた。だからなるべく授業中、生徒たちと会わないタイミングを見計らって、トイレに行っていた。

しかし運悪く生徒と鉢合わせになっても生徒のほうはあっけらかんとしている。ボクもそういうものかと割り切って、だんだん「中国式トイレ」に慣れていった。

ある日トイレでしゃがんでいると、頭がボサボサでちょっと風来坊っぽい生徒「武蔵」がボクの横に座ってきた。そして、おもむろにボクが授業のときに渡したガリ版のプリントを広げ出した。「センセイ、これ、どう読むの。」と、ぶっきら棒に聞いてきた。

場所が場所だが、せっかく「武蔵」がやる気になっているので、仕方がない。そのまま2人でしゃがんだまま、日本語の発音練習を始めた。しばらくすると「武蔵」も納得したのか、「センセイ、ありがとう。」と日本語で言ってくれた。ボクもこれでトイレから出られると、ホッとした。

と、その瞬間、「武蔵」はこともあろうか、ガリ版のプリントをクシャクシャと丸めてしまい、それでお尻を拭いてそのまま穴へポイッと落として、悠然とトイレを後にしたのであった。一瞬の出来事だったのでボクは何も言えず、トイレにしゃがんだまま固まってしまった。

当時、ここの人はトイレットペーパーなど持っていなかった。だいたい新聞紙をクシャクシャにしてほぐして「落とし紙」として使っていた。しかしまさか自分が丹精込めて作成したガリ版のプリントを使われるとは思わなかった。

「武蔵めっ!」その日はそれが原因でかなり落ち込んだ。でもよく生徒を観察していると、ここの生徒たちはトイレでしゃがんでいるときに紙に書いた学習項目などを覚えている。そして昔の日本の受験生なら覚えてしまった後、それを食べてしまうところだが、こちらではそれでお尻を拭くのである。

ボクのガリ版のプリントの何枚が「落とし紙」として使われたか定かではないが、せめてきちんと覚えてほしいと願うのみであった。

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オルドスの子供たち。*本文の内容とは関係ありません。

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