26,いたずらっ子
モンゴル族中学の生徒たちは基本的にまじめで先生の言うこともよく聞く。日本語の勉強に脱落してしまった生徒も教室ではおとなしくしている。こういう生徒に対しては、時々授業に参加してもらおうとテキストを読むときなどに当てるが、たどたどしいながらもなんとか読むことができる。
しかし、100人も教えていたら言わばいたずらっ子的な生徒はいるもので、僕にとって天敵とも言える生徒が一人いた。彼の風貌はあらいぐまそっくり。「いたずらっ子、ラスカル」とこっそりあだ名をつけた。
ラスカルは授業で当てると露骨にいやな顔をする。ある日の授業で板書しているとワっと生徒たちが一瞬ざわついたので、振り向くとラスカルが顔を本で隠した。そしてラスカルの頭の上のほうに一筋の煙が立ち昇っていた。明らかにタバコを吸っていたのだ。平静を装い授業を続けたが、実はこの事態をどう処理していいかわからなかった。「教師として毅然とした態度で注意すべきだ」「でもどうやって注意するのか」「喫煙が学校に知れた場合、どうなるのだろう。これがきっかけで退学になるようなことがあれば、ちょっとかわいそうかもしれない」なかなかリズムに乗れないまま、その日の授業は終わった。
部屋に戻って今後の対策を立てた。今度喫煙を見つけたら注意することにする。但し学校側にばれないように配慮してやろう。それでも効果がなければ、仕方がない。学校の判断に委ねるまでだ。
その後しばらく授業のときは緊張した。ラスカルは相変わらず授業には参加しなかったが、タバコを吸うことはなかった。しかしこの件で生徒たちにボクの教師としての弱さをさらけ出したようで、少々情けない思いをした。
もともとボクは教師になるつもりはなかった。小中高校の教師なら授業をする以前にまず席につかせて前を向かせて校則を守らせて、子供に対し管理者的な態度で望まなくてはならない。そういうことは苦手である。日本語教師になろうと思ったのは対象が大学生か社会人だと思っていたから。日本語を教えたり、お互いの文化を紹介しあったり対等な立場で接することができる。そして「しつけ」の部分はタッチしなくていいだろうと思っていたからである。だからいたずらっ子を前にどう対処していいか、本当に困った。
ある夜、自習時間が終わってからラスカルとその仲間1人がボクの部屋にやってきた。「先生、見せたいものがあります。」といって袋の中から白い物体を取り出し、机の上に置いた。なんと人間の頭蓋骨である。
「ゲッ、こいつこんなものを持ってきあがって、これでまた夜うなされるじゃないか。」と思いつつも、ここで怖がってはいけないと「へえ、すごいね。人の頭蓋骨を間近で見るのはじめてだよ。どこからもってきたの?」と触りたくもない頭蓋骨を撫でながら聞いてみた。「すごいでしょう。これは近くの山に埋まっていたのを偶然見つけて拾ってきたんです。」ラスカルは目を輝かせながら話し始めた。
この骸骨をきっかけに日中の学校の違いや好きな音楽などいろんな話をした。「もう、消灯の時間が過ぎてるね。そろそろ帰ったほうがいいよ」そう促してみるとラスカルは素直に「わかりました。この骸骨のことは誰にも言わないでくださいね。先生に見せたら怒られると思ったけど、いろいろ話ができてよかった。ありがとう。僕は勉強が嫌いなんです。今は仕方なく学校にいるけど、少しでも早く、自分で何か商売ができたらと思っているんです。」と言い残して帰っていった。
「本当に子供はわからない。」でも問題児も意外とかわいいものだ、とちょっとだけ思った。骸骨も忘れずに持っていったが、その夜はやはりうなされてしまった。
ラスカルは1年で学校を去った。風の便りで、その後フフホトで商売をやっていると聞いた。