ナボ マヒコ(Nabo magico)16
不思議と恐怖心は既に消えていた。 ただ、なぜ男が此処で首を吊って死んだのか。その理由が分かるまでに、かなりの時間を要した。
男は『ナボ マヒコ』を手に入れるために自ら首を吊って死んだのだ! 植木鉢の中にある、白いクラゲの触手のようなものは、きっと、それに違いない!
そう思った瞬間から、いや、実は、もっと前から僕の精神状態は正常ではなかったのだろう。僕は、首吊り死体の下にある大きな植木鉢の前にしゃがみ込むと、何かに憑かれた様に、その白いクラゲの触手みたいな芽のまわりにある土を素手で必死に掻き分けていった。
上からは男の死体が「そうだ、それでいいんだ。」と言っているように、うなだれた頭を僕の方に向け見下ろしていた。
30センチ程は掘っただろうか。ついに僕は握りこぶしほどの大きさの球根を掘り出すことが出来た。こびりついている土を取り払うとそいつは、男が言っていた人間の形というよりも、むしろまが玉のような形をしており、見ようによっては胎児の様でもあり、頭に当たる太い部分から白い触手のような芽が伸びていた。
僕は植木鉢の土を元のようにならすと、今度は出来る限り自分が触れたところを着ていたセーターの袖で拭いて指紋を消し、そして、足跡が床についてないかどうかを確かめて、その部屋を出た。
そして、サロンにあるテーブルの上の手紙とたった今掘り起こしたばかりの『ナボ マヒコ』をズボンのポケットに押し込むとドアの小さな覗き窓から外に誰もいないことを確かめ素早く外に出ると少し震える手で鍵を閉めた。
そのあと、上がって来たときと同じように、なるべく音をたてないようにして階段を降りた。
鍵を元あったゴムの木の植木鉢の下に無理やり差し込むと、僕は出来る限り平静を装いながら通りに出た。
日曜日の昼食時とあって、幸い通りには、殆ど人影はなかった。冷や汗でシャツが背中にベッタリと張り付いている。
僕は全速力で逃げ出したくなる衝動を必死に抑えながら地下鉄の入口へと向かった。我ながら冷静に立ち回ったつもりだったが、建物から遠ざかっていくにつれて、誰かに見られたんじゃないか、警察に通報したほうがいいんじゃないのか、と、どんどん不安が膨らんでいくが、僕は、心の中で何度も、大丈夫! と唱えながら、ただ前だけを見つめて歩いていった。 (つづく)
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