絵にも描けない
いったい、どこから始めればよいのか。
『おまえ様』妻はわたしのことを戒めるときには決まってこう言うのでした。
お前様… 確かに尊いおつとめでございます。もののどおりのわからぬものたちへ、これだけは知ってもらいたいことがあるということをお伝えになるために、お心を砕かれるのは至極もっともなことでございます。
あなた様のそういうところを私は心よりお慕い申し上げておりまする。ただ、お前様の御命が…
そう、いいかけて、妻女は目を伏せて肩を震わせておるばかりでおりました。
正直に申し上げますと、わたくし自身も、 はたしてこの任に相応しい者であったのかどうか、未だ自問しております。
それでも、わたくしなりの精一杯の決断で、ただひたすらに我がヒレを動かして眩く前方を揺らす光へと進んで行ったのでございます。
ふと、我にかえると、焼けつくような刺激とは裏腹に懐かしい珊瑚の香りのする白い屍の砂浜で、話しには聞いていた、残虐で獰猛な人間の童子に囲まれていたのでした。
このままでは、殺されてしまう。そう思って何とか身構えようと試みましたが、居るべき所からすでに離れてしまっていたわたくしには、只、童子らの慰みものになることが唯一の運命(さだめ)であるように思われたその時
あのお方がお現れになったのでございます。
そのあと、どのようにしてあのお方をここにおつれいたしたのか、恥ずかしながら一切覚えていないのでございます。
それでも、甲羅に残るあのお方の温もりだけは今もわたくしのこの世に生を受けた意味を思い起こす大切な玉手箱でございます。
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なんと、ありがたいことでしょう。あなたの、優しいお心に感謝