ナボ マヒコ(Nabo magico)7
ひとりになって、僕はあらためて、ついさっきまで店の中で彼が話していたことについて考えてみた。
魔法の大根、究極の惚れ薬... しかし、そんな事を真剣に考えてる自分のことが急に馬鹿らしく思えてきた。そんなもの、あるわけないじゃないか!! でたらめに決まってる!! 暇潰しに、ちょっとからかってやろうと思っていたのに、反対に、あのおやじに暇潰しの相手にされちまった。そう思うと何だか急に腹が立ってきて、つい、近くにあったごみ箱を思いきり蹴ってしまった。
静まりかえった通りに、ボコッという鈍い音だけが響いた。中には相当量のごみが入っていたらしく、そいつは僕の渾身の一蹴りにもびくともしないばかりか、反対に蹴った僕の右足の親指の付け根あたりをジンジンさせた。
「くそったれ!!」
そう、ごみ箱に毒ずくと、僕は痛む足を引きずりながら地下鉄の入口へと歩いて行った。
翌朝、激しい痛みで目が覚めた。時計の針はすでに午前11時をまわっていた。
「ああ、また授業サボっちまった。ヤバいなあ... いててっ。それにしても、もしかしたら折れてんじゃないか、この親指。くそーっ!本当についてねえな...」
やり場のない怒りにブツブツと文句を言いながら僕は、枕元にある電話に手を伸ばし、恋人のマリエの番号をまわしていた。
「Digame(もしもし)」
眠そうな声でマリエが答えた。
「ご、ごめん! 起こしちゃったかな。」
さっきまでのイライラが急に萎えて、しまったと思う後悔の念が頭の中を占領する。マリエは、ひどい低血圧で、やたら目覚めが悪いのだ。案の定、マリエは僕の声を聞くと急に不機嫌な声で
「きのうフラメンコでえ、寝たの何だかんだいって朝4時頃なのよね!」と言った。
マリエは、二年前にOLを辞めてマドリッドにスペイン語の勉強のために留学してきたのだが、去年あたりからガイドの仕事もしているのだった。
「どこからかけてるの? 大学? ええっ、うちからぁ! なーに、また、サボっちゃたの?」
マリエの声がますます不機嫌になってきたので僕は、必死になって彼女のご機嫌をとった。
「ごめん、ごめん。だから昨日電話したけどいなかったろ? どうしてるかなと思ってさ。 えっ、用が無いんなら切るって!? ち、ちょっと待ってくれよ! 今日、久しぶりに会わないか? そう、今夜。どっかでめしでも食ってさ。それからまりえの家に行って... うん、それじゃ8時にソル広場のマジョルキーナで。えっ車? だから車は今修理中なんだってこの前言ったろ! そう怒るなよ、おごるからさあ。それじゃ、今晩ね。 」
受話器を置いてから僕はしまったと思った。金がない! そう思ってズボンのポケットを探ると昨晩入れたままになっているしわくちゃのお札が出てきた。
そうか、昨日はあの男に全部おごってもらったんだっけ... 昨夜の奇妙な男との出会いが記憶の中には蘇ってきたが、猛烈に腹が減っているのに気が付いて、それについては深く考えないままに、とりあえず何か空腹を満たすものを探すことにした。
冷蔵庫の中には飲みかけの紙パックの牛乳と缶ビールが3本。机の下に置いてあったダンボールの箱をガサガサとかき回すインスタントラーメンが一袋出てきた。かなり前に買ったものらしく、袋の中は麺がボロボロに崩れていたが、まあ、大丈夫だろうと電気コンロでお湯を沸かし、具無しのラーメンと一緒にビールを飲んだ。
空腹がなんとかおさまると、また眠くなってしまい、午後の授業もあったのだが、僕は夜まで眠ることにした。目覚ましを夜7時にセットすると僕は再び毛布に潜り込んだ。
(つづく)