ナボ マヒコ(Nabo magico)19
僕の異常な視線に気がついたのか、マリエは「なによっ?」怪訝な顔でグラスを口から遠ざけ僕を睨んだので、僕は慌てて「何んにも」と言って彼女から視線を逸らし自分のジントニックを一口飲んだ。その動作につられるようにして彼女も再びグラスに唇をあてた。
コクッ、 僕は、ジントニックを飲み込んでいく彼女の喉の動きを食い入るように見つめた。もちろん、今度は彼女にそのことを悟られないようにして...
そのあとしばらく二人は無言のまま向かい合って、それぞれ手に持ったグラスを弄んでいた。すると突然、彼女の唇が微かに動いた。しかし、店内のざわめきのせいで彼女が何を言ったのか、僕は聞き取ることが出来なかった。
「今、何て言ったの?」と耳を彼女の顔に近づけると今度はもっと大きな声で彼女は
「寂しかった?」と僕の目を見つめて言った。
「えっ!?」突然、彼女に、そう問われて質問の意味がうまく飲み込めずにオロオロしている僕に、もう一度「私に会えなくて寂しかった、って訊いてるのよ!」と彼女はきつい口調で言った。僕は、その問に何度も大きく頷いた。
「実はね、日本に帰ってお見合いする、なんて話、あれ、嘘っ! そりゃ、この年だから親が色々と見合い話もって来てんのは事実よ。でも、私、そんなの全然興味ないの。ただ、かずちゃんが最近、あまりにも私に甘えて、ちっともふたりの将来のこと真剣に考えてないみたいだったから、ちょっと、こらしめてやろうと思ったのよ。ねえ、本当に寂しかった?」
もう一度、僕が大きく頷くと彼女は満足そうに「そう... 私も本当は寂しかったんだ、かずちゃんに会えなくて!」
と言って笑った。そんな彼女の屈託のない、明かるい笑い声を聞きながら僕は、身体中の力が抜けていくのを感じた。
『ナボ マヒコ』が効いたのだろうか?... いや彼女は初めから僕のことを嫌いになった訳じゃなかったんだから...
しかし、そんなことはもうどうでもよくなっていた。自分をこんなにも追い詰めた彼女の手口は、考えてみれば年頃の女がよく使うありふれたものではないか。そんなことにも、気付かなかったなんて!そう考えると、彼女に腹が立つというより自分が情けなくなって僕は力無く笑った。
そのあと彼女は、さっきまでとはうって変わって饒舌になり、最近仕事で面白い添乗員にあたったことや、クリスマスの計画についてひとりで延々と喋り続けるのだった。
ひとしきり話し終えると、彼女は「疲れたから帰る。」と言うので僕は、彼女をアパートまで送って行った。その夜、僕たちは久しぶりに味わうお互いのからだを貪るように求め合った。激しいセックスのあとの心地よい疲労感に包まれながら、やがて僕は深い眠りへと落ちていった。
(つづく)
いいなと思ったら応援しよう!
