アザミの思い出
お母さん! 怖いよ! 誰かが来るよ!
大丈夫、アザミちゃん、母さんがずっと側にいるから !
お母さん! お母さん! おかあさーん!
痛えええ! なんだこりゃ!?
覚えているのは、ずっと昔、このスコットランドの草原にノルウェー軍の大軍が押し寄せようとする時のことでした。
夜襲をかけようとした、ノルウェー軍の兵士が誤って母さんを踏みつけその鋭いトゲに刺され大きな悲鳴を上げたのでした。
奇襲に気がついたスコットランド軍は、難を逃れ逆に大勝を収める事が出来たのでした。そしてそれ以降、スコットランドの民衆を悩ませていたノルウェー軍の侵攻はぱったりと無くなった言うことです。
それで、母さんは、いやアザミの花は、国を救ったとされ、こうして今スコットランドの国花や紋章となって人々に愛されているのです。
母は、美しい人でしたが、牛も馬も決して食べようとしない鋭いトゲで身を守りながら何時も健気に生きていたように思います。
日本語の「アザミ」という名前は「あざむ」に由来するといつか母が教えてくれました。
「あざむ」には、「興ざめする」と言う意味もあるそうです。確かに、あんなに美しくて私には優しかった母も、彼女に興味を示して近寄ってくる蝶々どもにはいつもそっけない態度で、蜜を求めてやって来る奴等は、「お前といると興ざめする」と毒ずいて帰っていくのが常でした。
ある、霧の深い朝のことでした。
母さん、泣いてるの?
朝露が母の花弁をつたうのを見てそう尋ねた私に
アザミちゃん、花は泣かないのよ。あのね、今からずっと、ずっと昔、エデンの園というところから追い出されてしまった男女が母さんの近くまでやって来て、必死に食べられそうな果実を探していたわ。彼らの手も足もいばらやアザミのトゲで傷だらけだったけど、何より母さんが忘れられないのは、その女の目、そう、深い悲しみと絶望の中で、これからトゲを掻き分けて苦しみながら生きて行かなければならないと悟ったその目には、母さんの姿が映っていたの。でも、その女は、決して泣いたりはしていなかったと思う。
どんな、感情だって、それは、私たちが幸せになるために必要だから存在していると、大人になった今、私はそう思います。そう、花は「泣けない」のではなく「泣かない」のです。
私は、あなた方人間が他の動物とは違って色々なことが出来てしまう生物だからといって他の生物たちのことを考える責任があるとは思いません。
だだ、野に咲く小さな花にも心があり歴史があり、そうして世界の誰もが繋がっている宇宙や人類の歴史「ビッグ ヒストリー」があることを、どうか忘れないでいて下さい。
私は、母のことを決して忘れません。
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