ナボ マヒコ(Nabo magico)21

翌朝、ジプシー達の歌声やトランペットのあまりの騒がしさに目が覚めた僕は、側で眠っているはずのマリエがいないことに気付き、驚いてあたりを見回した。

すると机の上に

『今晩は、ちょっと帰りが遅くなるかも...今回はJTBの仕事です。かずちゃん、ちゃんと大学に行くこと!   マリエ』

と書かれたメモが残されていた。僕は、そのメッセージを持ったまま、にやけた顔で起き上がるとグーッと背伸びしてから近くにほったらかしにしてあったタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

そして、身体中の力を抜くようにフーッと煙をはき出していった。その日、僕は本当に久しぶりに大学へ行った。

しばらく単調な生活が続いた。ただ、ひとつ気になっていたのは、例の男の死がいつまでたっても巷のニュースにならないことだった。

あの日から毎日気には、かけていたのだが、さりとて現場に戻って、その後、どうなってしまったのかを、確かめる勇気はなかった。あの男の死と僕を結び付けるものは何も無いはず。警察だって、ただの自殺だと思うに違いない。実際、自殺なんだから...

ただ、一度、レストラン『一番』で、一緒にいるところを見られているし、そのあと二人で行ったBarにいた客の中にも僕たちのことを覚えている者がいるかもしれない。

でも、それにしたって、ただ一度、一緒に酒を飲んだにすぎないし。死亡時刻とかを調べれば僕があそこに行った時には既に奴は死んでいたということぐらい判るはずだ。

そう納得しながらも、自ら、のこのこと警察に出頭しては、かえってやぶ蛇なるのではと思うとイライラは日に日に募っていくばかりだった。

不安な気持ちのまま、年が明けた。相変わらずあの男の死については新聞もテレビも何も報道されないままであった。

そして、1月も十日ほど過ぎたある日、僕は思い切って、あの男のアパートへ行ってみようとようやく決心した。多少のリスクは承知の上だ。このままズルズルと何かに怯えながら暮らすのはもうたくさんだ!

午後6時、大学の講義を終えると直ぐに僕はアトーチャ通りへと向かった。大学のある、モンクロア地区からは市バスと地下鉄(メトロ)を乗り継いで、普通なら30分もかからないはずなのだが、その日は何故かバスがかなり遅れ目的地に着いた頃には既に夜7時を少しまわっていた。

辺りはすっかり暗くなり建物のいくつかの窓からは明かりが洩れていたが、エントランスの天井には小さな裸電球が辛うじてフロアを照らしているだけだった。

僕は、建物から少し離れた所でしばらく入口付近の様子を窺っていたが、辺りに、人影はなく見張りの刑事らしき人物やそれらしい車も、見当たらなかったので、僕はゆっくりと建物の方へと近づいていった。

すると、ゴムの木の植木鉢が、あの時と同じ場所で僕を出迎えるようにしてあった。辺りに誰もいないことをもう一度確かめると僕は前回と同じようにして植木鉢を横にずらした。     (つづく)


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バナナ
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