ナボ マヒコ(Nabo magico)4
『Sueño』という名のバルは『一番』から通りを南の方へ30メートルほど行った所にある四ッ角の一角を占める小さな店で、卵をたっぷりと使ったトルテイージャと呼ばれるスペイン風オムレツが割りと有名で僕も何度か行ったことがあった。
店の中には、さっきの『一番』とはうって変わって狭い店内に客がひしめいていて通りに溢れんばかりの賑わいだったが、金属製のビール樽が積まれている、ちょっとそこだけが薄暗い感じのする一角に置かれた二人掛け用のテーブルで飲んでいた中年のアベックが丁度席をたつところだったので僕と男は、そこに座り間髪を入れずにやってきたボーイに僕は、ビールを男は赤ワインを一本、グラスを二つ、それにトルテイージャを一皿注文した。
「すみませんね。何か強引に誘ってしまって。この店でよろしかったですか?」
「ええ... それより、その敬語やめてくれませんか。あなたは僕より年上ですし、それに聞いてるとなんだか固苦しくて居心地が悪くなってくるんで...」
「いや、いいんですよ。これで普通なんです。ええ、気になさらないで下さい。誰と話す時でも、こういう喋り方なんですから。」
と、男はニヤリと笑って運ばれて来たばかりのトルテイージャを一切れ口にほうり込んだ。そして、それをいっきに赤ワインで腹の中に流し込んでしまうと唐突に話しはじめた。
「どこでもよかったんですよ。飲む場所なんてね。他人に私達の話を聞かれさえしなければね。ほらっ、さっきの店だと日本語で話すと皆にわかってしまうでしょ。わたしはね、あなたにだけお話したいんです。さっきの店であなたを初めて見た時から、すっかりあなたのことを気に入ってしまいましてね。 いや、変な男に急にそう言われたって、あなたもお困りでしょうけど... 実はね、わたしは、ずっと探してたんですよ。わたしの望みを叶えてくれる人をね。わたしは今まで人の為に何かしてやろうなんて、これっぽっちも思ったことなんて無かったんですがね。」
そう言いながら男はトルテージャの小さな塊をつまんだ。
こいつは一体何を企んでいるんだろうか...
かなり酔いのまわった頭の中で疑念と不安が入り混じり、それはジワジワと僕の意識を圧迫していった。男は僕の様子には一向にお構い無しに話を続けた。(つづく)